<ピックアップ>MITも認めた若きイノベ-タ-が、学生時代にやってよかったことは?
MITも認めた若きイノベ-タ-が、学生時代にやってよかったことは?
大西 鮎美 助教
「システムを構築することでヒトの理解が進めればうれしいし、実際に使える物を作りたい」——「MIT Technology Review Innovators Under35 Japan」(2022年)を射止めた神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻の大西鮎美助教は、近未来の夢を見据える。研究者になると決意を固めた修士1年目に情報処理学会に入会、着実なステップアップを積み重ねている。
ヒトの五感拡張と無電源センシングシューズ
力を入れている研究テーマは、2つある。まず、「ヒトの五感を拡張する装置の開発」は、2021年度の科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(ACT-X)に採択されている。ヒトの五感は疲労によって変化することがある。疲れてくると、耳が聞こえにくくなる、視覚が衰えるといったことを、誰もが日常的に経験する。そこで、「疲れてきた時の生体情報に合わせて、五感を拡張して補える装置が作れたら」と発想した。
例えば、環境音の大小で音量を調整する補聴器があっても、疲労を考慮に入れずに、外部環境の変化に対応しただけでは、その能力を発揮できない。音が十分に聞こえず、事故に遭う危険もある。装置で五感を拡張したつもりでも、制御にズレが生じれば、ヒトは常に五感を調整し続けなくてはならなくなる。かえって不快に感じるだけでなく、危険な場面にも遭遇しかねない。
そこで、五感の相互作用を勘案しながら、身体と精神のそれぞれの疲労が五感に与える影響を調べて推定した。さらに疲労した場合の解決策として、生体センシングに人工知能(AI)を活用し、疲労を考慮した五感拡張装置を開発することを目指した。「IT技術が、心身の両面で疲れた自分を制御してくれて、五感拡張装置を装着するタイミングを指示してくれれば、生きやすくなるはず」。
もう1つの研究テーマが、博士課程からのテーマである「無電源センシングシューズ」で、文部科学省の科学研究費を獲得して、継続して取り組んでいる。
シューズに震動で発電する圧電素子を組む込み、装着して歩行する。着地の衝撃で足裏に圧力がかかると、どのような地面を歩いているかを推定できる。毎日充電しなくても、その靴を履いて歩く・走るだけで、電源を供給することなく、スマートフォンにデータが送られ収集できる仕組みだ。例えば、ボランティアがその靴を履いて歩き回れば、路面認識によってバリアフリーマップが作成できるかもしれない。
このシューズの開発には、パナソニックとアシックスという、いずれも関西に本拠を置く企業が共同研究に名乗りを挙げた。機械学習でセンサーを設置するのに最適な位置や個数を調べて、実用性を高めて小型化を図った。見た目におしゃれで違和感のない設計についても、試行錯誤している。
こうした研究成果について数々の賞に輝いているが、2022年には「MIT Technology Review Innovators Under35 Japan」にも選出された。これは、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディア部門「MITテクノロジーレビュー」が主催する国際表彰の日本版である。
修士で学会に入会し研究を志向
理数科目に秀で、テニスに打ち込んでいた少女は、共に工学部出身の両親の下に育ったことで、自然と工学部に進んだ。ウェアラブルコンピューティングを中心とする現在の研究室に入ったのは、研究内容と言うよりも、研究室にある鏡張りスタジオや実験用トレッドミルに魅せられ、得意なスポーツが生かせそうだと直感したからだ。
卒業研究では、加速度センサーを用いた実験をした。会議などの参加者の興味度や理解度を探るため、多くの人がうなずいた箇所を重要だとして、頭に装着した加速度センサーが自動で抽出する仕組みを開発。「装着型センサを用いた会議ログの構造化システム」という卒論にまとめた。
順調に滑り出した研究生活だが、学部を卒業した2014年に神戸を飛び出し、東京大学大学院に入って自然環境学を専攻した。祖父が姫路で兼業農家を営んでおり、何とか作業を楽にできないかという思いからだった。
情報処理学会に入会したのは、その年のこと。奨学金の制度も利用し進学したことで、「勉強に存分に力を注ぎたい、発表する場も欲しい」と考えるようになり、さらにその先に博士課程も思い描くようになった。夏には、学会の主催する「マルチメディア、分散、協調とモバイル シンポジウム(DICOMO)」において、卒論が優秀論文賞に輝いた。
東大でも、加速度センサーを用いた行動認識の技術に取り組み、環境教育への応用を試みた。神戸大を離れたことで、神戸と東京、双方の良いところが客観的に見えるようになった。博士課程で神戸大に戻ると、週末は祖父の畑で農業に打ち込み、「研究で煮詰まった頭をリフレッシュした」。
学会は交流が広がり成長できる場
情報処理学会に加入したことで、発表の場を得たことに加えて、多彩な交流の機会が広がることも大きな利点となったという。泊まりがけのイベントでは、同世代で異なる大学に所属する人たちと親交が深められる。「自分から積極的に人と交わっていくタイプではないが、自然に知り合いが増えて、ステップアップにもつながった」と語る。
発表した内容について、聴取者から話しかけられることもある。何度か参加するうちに、特定の分野で影響のある研究者と話し合う機会も生まれる。「色々なことを教えてもらえて、大きな刺激になった。研究の奥行きも広がる」。近い研究をしている人たちの発表から、例えば最新のセンサーやマイコンなど、デバイスの情報や新しい研究のヒントを得ることもある。
学会のユビキタスコンピューティングシステム(UBI)研究会に所属している。そこで知り合った親しい仲間たちと、情報発信を企画した。YouTubeに「UBIチャンネル」を立ち上げ、大学や研究室を紹介するものだ。
研究成果をまとめて発表する論文を仕上げた時は、大きな充足感が得られる。発表の準備や査読者とのやりとりも楽しめるようになった。「楽観的な性格もあるが、忙しくても、自由で自分が成長できる環境で、大好きな研究をさせてもらえる喜びが大きい」。
2020年に母校の助教となって学部生の実験や演習を受け持ち、修士課程の学生の指導にも当たる。後進の学生たちには、「やりたいことに励み、存分に頑張って成長できてうれしいと思える、そうした研究テーマをぜひ見つけて欲しい。学生生活の期間が、興味があること、夢中になれるやりたいことに没頭できる時間になるといいなと思っている」と伝える。
情報処理学会には、33歳未満を対象にした「FITヤングリサーチャー賞」もあり、若手の研究を後押ししている。昇り龍の年(2024年)を迎え、自分も後進もさらなる飛躍を期す。
今もオフの日は、姫路の畑で野菜を栽培している。農作業の効率化を図ったので、毎週末に通う必要はなくなったが、定期的に手を掛けている。いつかはIT技術を駆使して、農業の高度化や地域活性化に貢献できる研究をしたいと、テーマも温めている。無心に植物と向き合うことで、エネルギーを蓄える。
2014年神戸大学工学部卒業。2016年東京大学大学院修了 修士(環境学)。2019年神戸大学大学院修了 博士(工学)。2019年より神戸大学大学院工学研究科電気電子工学専攻 特命助教。2020年より同助教。専門分野は行動認識 、ユビキタスコンピューティング 、ウェアラブルコンピューティング。