2021年に総務理事を拝命し、早くも2年近くが経とうとしています。私事ですが、昨年は転職し、長年研究職を務めていた企業からITコンサルタントに職種を変えました。最近は、AIやWeb3などの技術について民間企業の研究開発が先行していることが多い一方、IT実務の現場では、多くの企業がDX化による変革を実現するために、苦労をしていることを実感しています。日本では従来、技術を提供する企業と、それを利用するユーザー企業とが分かれていることが多かったのですが、近年は多くの企業が内製化を進め、技術力のある人材を育成してシステム開発やデータ活用のノウハウを蓄積しようという動きが目立ちます。
さて、2020年に立案された中長期の活動目標は、①広く新しい情報処理ユーザへの学会活動の訴求、②広く新しい情報処理ユーザへの新しいサービスの提供、③自らが運営しやすい学会の情報システムと業務プロセスの整備、の3つの柱で構成されています。この「広く新しい情報処理ユーザ」というのは、IT企業・ユーザ企業の実務的な技術者にとっても学会としての価値を提供することを目標としており、これを受けて情報処理学会でも、日本IT団体連盟などとの連携や、技術者向けのセミナー開催などの施策を実施しています。情報処理学会は中立的な立場に立っており、技術者の会員によるアンケート調査の結果、「報処理分野におけるトレンドの把握ができる」「会員間の交流が盛んで、活きた情報の交換ができる」「業務におけるヒントや気づきを得ることができた」という声があります。また、「デジタルプラクティス」という実務家向けの論文誌があり、自身の業績を目に見える形にすることができます。私も企業系の理事として、実務家目線で学会の施策へのフィードバックを行うよう心がけています。
話は変わりますが、過去2年間の理事としての活動で個人的に力を入れてきたのは、倫理とダイバーシティです。情報処理学会は2021年にダイバーシティ宣言を公開し、2022年の6月には倫理綱領を四半世紀ぶりに改定しました。倫理綱領の改定にあたっては、情報処理技術の研究開発および利用にあたっての基本的な行動規範について、より具体的に明文化しています。たとえば、持続可能性への言及を追加したり、差別の禁止や多様性(ダイバーシティ)については、多様性の属性の例を具体的に記述したり、ハラスメントや利益相反、違法行為や贈収賄の禁止についても言及しています。
倫理綱領の内容は倫理的な行動の原則を示していますが、一方で個々の場面での判断は、会員個人の責任に委ねています。それは、個々の場面においては、他の倫理規範との矛盾など、さまざまなトレードオフが生じることにより、判断が難しいケースがある考えられるためです。特に先端的な技術の研究開発においては、今まで想定しなかったような新たなケースが発生することが多々あり、専門家の中でも意見の統一を見ないことが稀ではありません。
判断の難しいケースについては倫理の事例集を整備することにより、会員の皆様の参考にしていただき、また倫理について考えるきっかけにしていただこうということで、電子情報通信学会(IEICE)と情報処理学会が合同で、倫理事例を整備し、動画や文書として公開していくことになりました。すでに一部の動画はYouTube上で公開されていますが、今後も追加されていく予定です。私も、「ダイバーシティとアンコンシャスバイアス」というテーマで情報処理学会のYouTubeチャネルに動画を公開させていただきましたので、ご覧いただければ幸いです。
今日、情報処理技術は一部の人のものではなく、社会の根幹を支えるインフラになっています。そのため、我々も技術者としての倫理に対する意識を高めていく必要があるのではないかと思います。
(参考) 情報処理学会 倫理事例集:
https://www.ipsj.or.jp/ipsjcode-jirei.html