2014年09月01日版:浦本 直彦(技術応用担当理事)

  • 2014年09月01日版

    知識エンジンとしての学会」

    浦本 直彦(技術応用担当理事)


     クイズ番組に出て優勝したり、将棋のプロに勝ったり、いわゆる知能を要求される、あるいは要求されると思われる領域において、コンピュータが人間を凌駕するようになってきました。単純な計算こそ人間よりも高速に行うことができるものの、経験や直感が必要とされるタスクでは人間よりも劣ると思われていたコンピュータが、人間に勝つことができるようになった背景には、言うまでもなく情報処理技術の飛躍的な革新があります。たとえば、1965年に提唱されたムーアの法則は、かれこれ50年近く維持されていますし、計算処理速度にしても、ストレージの容量にしても、20年前からすると、0が数個並ぶオーダで増えています。

     一方で、人間の能力はどうでしょうか。たとえば、身体能力に関しては、それほど大きく進歩していません。1912年に樹立された100m走の世界記録は10秒6です。現在の世界記録はウサイン・ボルト選手の9秒56ですから、約100年で10%程度しか進歩していないことになります。42.195kmを走るマラソンの場合には、1913年の世界記録が2時間36分台で現在は2時間3分台ですので、かなり早くなったもののこれも2倍にも届かない向上率です。ソフトウェア、たとえば、数学の問題を解く速度や本を読む速度も、100年前と今を比べて、それほど大きく違うとも思えません。
     人間とコンピュータのイノベーションの速度がこんなにも違うことから考えても、今後、色々な分野でコンピュータが人間の代わりをするだけでなく、人間よりもうまくやれるようになるでしょう。人間はそれをうまく使いこなすことで間接的な向上を果たすことになります(近未来には、生体改造の方向性もあるのかもしれませんが)。

     ここで重要になってくるのは知識です。たとえば、クイズ王に勝つために、開発者は、対象となる分野の知識を大量に集め、構造化し、高速に処理を行えるようにしました。将棋の世界でも、過去の膨大な棋譜データベースが、現在の将棋ソフトの隆盛を支えています。つまり、コンピュータが人間に勝てたのは、前提となる大量の知識を電子的に獲得することができたからです。逆にいうと、知識が十分な集積できないエリアでは、コンピュータは人間に勝つことができません。
     
     知識を集める際の質と量のバランスも興味深い問題です。前述のクイズ王に勝ったシステムは、与えられた問題に対して、正解の候補を複数設定し、それぞれの候補の確からしさを並列に計算することで、もっとも確からしさのスコアが高いものから出力します。質の高い少量の知識と複雑な推論ではなく、質にばらつきはあるけれど大量の情報を並列計算することで、人間のクイズ王に勝つことができるのです。もちろん、正解となる情報が十分含まれていることが前提になります。このような情報の質と量の兼ね合い、それらをどのように処理するかについて興味深い示唆を与えているように思います。

     情報処理学会には、論文という形で大量の知識が蓄積されており、それらの源である専門知識を持つ学会員が多数在籍しています。また、専門知識を持った人間が複数集まることで、知識の質と量を見通すことも可能だと思われます。人間とコンピュータがますます近づく中で、専門的な知識とそれを生み出す人間の集合である学会には、知識を構築する、知識構築の戦略をリードするといった新しい役割があるのではないかと考えています。そのような知識がオープンに構築され公開されるようなシステムができれば、社会全体の益となるとともに、それ自体が高度な知能システムになるのではないかと期待しています。