2022年06月02日版:上田 修功(副会長)

  • 2022年06月02日版

    「ダイバーシティ&インクルージョン

    上田  修功(副会長)


     近年、公共の場において、老若男女、障がいのある人、さらにはLGBTQなど多様な人々が共存し、互いを認め合い、個性を尊重することを目指すダイバーシティが進みつつあります。大学、企業等においても、教員、管理職の女性比率を上げる努力がなされています。これは一方では、男性差別ではないのかという意見もありますが、日本は欧米に比べ、組織における重職の女性比率が顕著に低いため、まずは女性比率を上げることが最優先されているわけです。ただし、単に比率を上げればよいということではなく、自由に意見を交わす環境を作ること(インクルージョン)が大切であることは言うまでもありません。ダイバーシティとインクルージョンの同時実現が組織の発展には不可欠です。

     翻って、本会も2016年に発足したInfo-Work Place委員会においてダイバーシティ社会を活性化するための活動を行っています。また、近年では、理事の女性比率向上に努め、また、小中校生、大学学部3年生以下、高等専門学校専攻科1年生以下、短期大学生、および専門学校生が入会可能なジュニア会員制度も設け、さらには中高生情報学研究コンテストを開催するなど、広く開かれた学会運営となっています。私は大学時代(大昔ですが)から本会に所属していますが、そのころの情報処理学会と比べると、はるかに進化したと思います。本会においても、ダイバーシティ・インクルーションを一層促進すべく、副会長として引き続き議論を重ね、本会が多様な人たちの情報発信、情報交換の有意義な場として持続し得る学会を目指して、本会の改革・発展に尽力いたします。

     ダイバーシティ&インクルージョンに関連して、学会運営とは直接関係のないことですが、研究者・技術者の働き方に対するダイバーシティについて、この機会をお借りして学会員の皆さまと考えたいと思います。内閣府は、第5期科学技術基本計画において、狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、人間中心社会(Society 5.0)を提唱しています。情報社会では、あらゆる情報通信機器が繋がるために標準化、つまり一元的なルールが必要不可欠となります。一方、人間中心社会では、“人”が主役です。人の働き方、価値観はまさに多様であり、ダイバーシティの観点から、人間中心社会では明らかに一元的なルールは適さないのではないでしょうか。

     働き方改革は、深夜まで強制的に労働を強いられていた長時間労働者に対しては有効な施策と言えますが、研究者・技術者に対する形式的な労働時間の削減、就業時間管理の強化は、成果創出にプラスに働くとはとても考えにくいです。我々研究者・技術者は、時間の制約なく思考を重ね、ふとしたきっかけで良いアイディアを思いつくことがしばしばです。時間など気にせず、課題に集中し、没頭するからこそ優れた成果が生み出されるわけで、時間管理された状況では大した成果は期待できないと言えます。とは言え、実際には自己研鑽と称して、就業時間外に研究活動をしているので問題ないのでは?という意見もあるかもしれませんが、就業時間管理のための煩雑な事務処理、就業時間外は組織のファシリティは一切使えないなどの制約があるため、以前に比べ生産性の低下は無視できません。

     労働基準法では、労働時間とは労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんによらず、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものと定義されています。一方、研究は、指揮命令下で行うというより、個人の自由な発想で、自由な研究時間で行われるのでそもそも労働時間管理という考え方にそぐわないと言えます。欧米では早くから「ホワイトカラーエクゼンプション」制度が導入されています。これは、ホワイトカラーを対象として、働いた時間に関係なく、成果に応じて賃金を支払う制度です。日本でも2019年に「高度プロフェッショナル制度」(高度の専門知識等を有する労働者を対象に長時間労働を防止する健康確保措置を講じつつ、労働時間に基づいた制限を撤廃する制度)が創設されましたが、大学は適用除外で、かつ、企業での導入もほとんど進んでいない状況です。コロナ禍で在宅勤務が日常となり、コロナが終息しても、働き方はこれまでと大きく変わりそうです。日本における研究力低下が問題視されつつある今、研究者・技術者の働き方についてさらなる議論が必要ではないでしょうか。