2018年12月03日版:谷口 倫一郎(論文誌担当理事)

  • 2018年12月03日版

    「学会と論文」

    谷口 倫一郎(論文誌担当理事)


     論文誌担当理事ということで,論文出版について最近思うところを少し記したいと思います☆1
     
     情報処理学会の掲載論文数は2011年をピークに投稿数,採録数ともに減少傾向にあります.論文出版は学会活動の大きな柱の1つであり,その掲載数が減少傾向にあるということは学会にとっては大きな問題です.いろいろな背景があると思いますが,1つは,国際的な大学ランキングなどの影響で,国際誌,特に,インパクトファクターの高い雑誌への投稿に関心が向いてきたこととが挙げられると思います.また,情報処理に関連する国内の学会もいくつかありますから,それらの間での競争的な側面もあります.

     良い論文を投稿してもらうためには,その雑誌が魅力的であることが必要です.上述のインパクトファクターは雑誌が魅力的であるかどうかを測る1つの指標といえます.インパクトファクターの高い雑誌に掲載された論文は読まれる(自分の研究を知ってもらえる,引用してもらえる)可能性が高く,また,そもそも,そのような雑誌で論文が採録されることはそれほど容易ではないので,達成感が得られ,また,業績として評価されるということがあります.学生(特に留学生)によってはインパクトファクターの付いていない雑誌には投稿したがらないということもあります.
     
     インパクトファクター以外にも,投稿者を引きつける要素はいくつかあります.1つは査読期間です.外国の雑誌には,査読期間が短いことをセールスポイントにしているものがあります.博士課程の学生など,限られた期間に,一定の業績が必要な人にとっては,査読期間が短いというのは魅力的に見えます.ただし,査読期間が短いということは,十分な査読が行われないという危険性もはらんでいます.

    研究業績という点では,論文の数も1つの指標となるので,採録されやすいと思われている雑誌に論文の投稿が集まりがちという側面も否定できません.いわゆるハゲタカジャーナル(Predatory Journal)は論外にしても,論文のクオリティとの関係には注意が必要です.また,全般的に掲載料も高くなってきており,価格競争という側面も否定できません.一方で,読んでもらえる(≒引用してもらえる)という点ではオープンジャーナルという方向性も無視できません.

     このように複雑な背景があるなかで,学会の論文発行活動を維持していくのはそれほど簡単ではありません.インパクトファクターについてはJIPや英文トランザクションを中心に,インパクトファクター取得の努力を続けていますが,実際のところまだ実現していません.基本的には,その雑誌に掲載された論文の引用を増やすことが重要であり,特集号や時宜を得たサーベイ論文などの戦略的な取り組みが必要不可欠で,粘り強く続けていくことが必要です.

     査読については,きちんとした査読を行うにはそれなりの時間が必要であると思います.学会としての使命を全うするには,論文のクオリティをある一定水準以上には保つ必要があります.一方で,学会サービスという観点からは,標準的な査読期間で査読を終了することが重要です.論文査読はピアレビューが原則で,お互い様という側面があることを十分に意識しておく必要があります.もちろん,査読の負担を無視することはできませんが,もう少し改善すると採録できるレベルに達する論文を,査読プロセスを通して改善するということも重要です.人材育成や良い研究成果を世の中に出していくという学会の使命からすると疎かにはできません.

     このように,論文誌担当理事として学会における論文のあり方について日々頭を悩ませているところですが,質の良い論文を社会に提供するという最も根本的な点についてはぶれないようにしていきたいと思います.なお,全国大会ではほぼ毎年「論文必勝法」の特別セッションを組んでいますので,こちらにもぜひご参加ください.
     

    ☆1 ここで書いていることはあくまで筆者の個人的意見であることをお断りしておきます.