「デジタル時代の論文誌」
高倉 弘喜(論文誌担当理事)
昨年、初めて情報処理学会の理事に選んでいただき、1年目の後任理事と2年目の先任理事という制度を知りました。後任理事は見習いとして先任理事のされるお手本を後ろから観察し、論文誌に関するさまざまな課題、その解決法について学びます。今期の私はお手本となるべき先任理事のはず。しかし、毎月開催される編集委員会は仕事を覚えているものの、数カ月に一度あるいは年に一度の仕事となると怪しくなります。うろ覚えの私よりも学会事務局や参加されている委員の方々が詳しく、ご迷惑をおかけすることも色々とありました。
さらに、歴代の論文誌担当理事の懸案であるJournal of Information Processing(JIP)のImpact Factor取得、arXviや科学技術振興機構が始めたJxivといったプレプリントサーバとの関係などの課題は解決できていません。本稿執筆の時点で任期は残り半年足らずなのに、理事の役割を果たせているのか不安になります。
まず、Impact Factorについては、JIPの分析をお願いしているクラリベイト社との交渉が難航しております。Impact Factorの審査は年を追うごとに厳しくなり、質の高い論文を掲載し続けることがますます重要になったと感じています。
これは英語論文に限らないのですが、ごくわずかではあるものの、引用が抜けている、共同研究先の許諾を忘れている、倫理審査を受けるべき研究なのに言及してない論文が投稿されることがあります。ほとんどの場合、査読者や編集委員会からの指摘を受けて再投稿で対応されるのですが、2回目の査読でも見落としてしまい、掲載後に問題を指摘される論文もあります。
デジタル化された論文誌なのだから、ファイルの入れ替えで容易に差し替えられると思われるかも知れません。しかし、一度公開したデジタル情報を完全に取り消すことは不可能であり、無理に差し替えれば、2バージョンの論文が併存することになります。両者の比較で何が不味かったのか簡単に特定でき、後々のトラブルになりかねないのです。紙の時代であれば、時間経過に伴い論文へのアクセスは困難となり気付かれなかったかもしれませんが、デジタルとオープンアクセスの時代となり、10年以上前の論文で問題が見つかることも珍しくなくなりました。
このような背景を受け、歴代理事のご尽力で始まったディスクリジェクト制や剽窃チェックの導入に加え、査読制度の見直しなどに取り組んでいます。
2つ目の課題ですが、プレプリントサーバは速報性だけでなく、有効性の評価を読者に委ねる新たな研究評価の一手段になったと考えます。その背景として、研究分野の細分化や深化、組織を跨ぐ研究連携の増加により、査読者を確保し難くなったことが挙げられます。一方で、WebやSNSでの情報氾濫に起因する諸問題と同様に、画期的な研究成果が玉石混交の状態で埋もれてしまう、フィルタバブルが生じて研究分野全体を俯瞰できなくなるなどの悪影響が生じる懸念もあります。
おそらくは、速報性を重視する場合はプレプリントサーバで公開して読者から検証を受け、磨き上げた成果を公表する場として学会論文誌が活用されるようになると考えています。そうなると、ここ数年で私たちの研究活動のスタイルは大きく変わる可能性があり、本会の和文論文誌、トランザクションやJIPは学術研究において重要な役割を務めることが求められるようになります。これら論文誌を支えていくために、皆様には、著者、査読者、編集委員さまざまな立場からご支援とご協力いただくようお願いいたします。