2022年04月18日版:高橋 克巳(長期戦略担当理事)

  • 2022年04月18日版

    「長期戦略担当理事の仕事

    高橋 克巳(長期戦略担当理事)


     情報処理学会には長期戦略担当理事(長期理事)というポストがあります。この仕事を紹介したいと思います。

     情報処理学会は約30名の理事および監事が事務局とともに中心的な業務を行っています。理事は選挙で選ばれ任期は2年ですが、長期理事は例外的に4年です(選挙で2期選ばれる)。このポストは「学会の運営を長期的なビジョンで考える必要がある」という当時の喜連川会長の発案で、2014年度に新設されました。当時私は財務担当理事をしていたので、1年目にその制度化と選挙を行い、2年目に最初の長期理事を迎え1年間一緒に仕事をしました。そのときは他人事のように「4年間大変ですねえ」とか言っていたのですが、いろいろあって4年後の2018年に長期理事を務めるに至りました。選挙で投票フォームに長期担当理事というものがあり、同じ人の立候補が再度あるのはそのような事情によります。長期理事は本会規則1)に定められた通り、「長期ビジョンを踏まえた学会運営企画に関する事項」の仕事をしています。

     さて、ここまでが会員のみなさまへの長期理事の紹介でした。これから先は、学会運営の内部的な話になります。といっても特に暴露的な話があるわけでもないので、あまり一般の会員の方に興味を持っていただける話ではないかもしれませんが、学会がこれからどうなるのかに興味がある方に向けて書きたいと思います。

     まず情報処理学会の運営上の最大の課題は、会員数の構造的な減少です。これは私が最初に理事になった2013年でそうでしたし、1990年代から続いているものでした。これに対して当時の理事会はいくつかの新しい取り組みを打ち出しました。それが会員制度(ジュニア会員)や、広報(IPSJ-ONE)の仕組みでした。私はこれらの立ち上げに携わることができましたが、これらの制度をどのようにレガシーなものとして回収するかは、次の理事団に委ねられることになりました。会員増のための新サービスを打ち出せたが、そのレガシー化まではできなかった、これが2013-2015の理事団の一員としての総括です。

     2018年に長期理事になり、改めて理事に戻り、本会の状況を分析してみました。その結果、会員減には歯止めがかかり、新しい情報処理学会の魅力が出始めているということが分かりました。具体的に、前者はジュニア会員制度が、後者は学会誌の充実が貢献している代表例として考えられていました。ただし、その根拠性や因果関係の正確な評価はできていませんでした。また同時に、新しいことは増えたのだが、継続して行ってきたイベント等事業で、やり方の手直しが必要と思われるものも散見されました。加えて、これは詳しくは述べませんが、財務分析を行った結果、本会の財務状況は堅調で、一定の仮定のもとに投資も可能であるという判断を導き出せました。以上のことから考えた目標は、会員減少防止策ではなく、成長のための営みをしよう、ということでした。これは、スマホやSNSのこれだけの普及、あるいは情報の教育への導入強化トレンドを見ても、当然のことと考えられました。成長戦略を機軸に考えた作戦は、新しいサービス実施を積極的にチャレンジし、その評価ができる仕組みを確立しようという、オーソドックスなものでした。

     ここで改めて、この目標達成のために、長期理事のなすべきことを考えました。実は前述の戦略は、共通普遍的なものであり、長期理事に特有なものではありません。では私は何をすべきか。一つ考えたことが、既存事業の評価(見直し)でした。ここで大事なのは、事業見直しを成長戦略のために決意したことです。決して赤字圧縮のためでなく、成長するための事業の健全な新陳代謝ができ、それが新規事業の機会を生み、また新規事業の評価手法確立にもつながると考えたからです。私が2018年からの在任期間で見直しをしたものに、ソフトウエアジャパンやデジタルプラクティスがあります。どちらも先人から受け継いできた重要な事業で、それの廃止やフォーマット変更には大きな議論を巻き起こすこととなりました。見直しの議論は前記事業以外にもいくつかあり、結論が出たもの、出なかったもの、どちらもありました。個々の決断の是非に関しては、合理性があったと考えますが、今後も厳しく評価を受けねばならぬとも感じます。いずれにせよ、検討自体は必要なことでした。特に一般に理事は2年間しか務められないので、どうしても事業の引継ぎとその成功が主たるミッションになってしまう構造があることは否めません。長期理事は4年間ありますので、事業の長期的視野に基づく見直しは、構造上、長期理事に課されたミッションと考えます。

     そして事業見直し等の試行を踏まえて、長期理事がすべきことは中期的な事業計画の策定でした。その結果決定されたのが「情報処理学会中期計画(2021年度〜2025年度)」です。一般への公表は2021年の7月に行いました2)。これは2020年11月に公表された「情報処理学会創立60周年宣言」3)と双子の兄弟となるもので、中期計画の骨子は、より現実的にずばりマーケティングとDXです。内容はあえて高い抽象度で書いていますが、2025年度までは成長投資戦略が打てると判断し、それを健全に回して、その後の本会の継続性を確保する基礎を作るものです。この計画は元々内部向けを想定していましたが、この計画の遂行と考えの継承が重要と判断し、一般公表に至りました。内容は内部向けと一般と同じですが、さすがに情報処理学会がマーケティングとDXを宣言するのもなかろうという考えに基づいて、表現は変えています。しかし、この計画に基づいて、これらに真剣に取り組み、とくにマーケティングは新設された広報広聴戦略委員会のメンバを中心に、強力に推進しています。この活動で、ジュニア会員制度に代表されるこれまでの施策やこれから企画する施策の正しい評価ができることが期待されます。

     以上から、この4年間で私がたどり着いた長期理事の役割とは、学会の継続性の確保のために、健全な新規事業のチャレンジと、既存事業の見直しをすること、そのためのマーケティングとDXを含めた実施計画をたて、それを管理していくことです。またそれは、会長を筆頭とする理事のサポートであり、情報処理学会の事務局の気づきや工夫を大きな絵にしていくことです。

     最後に、長期理事の潜在的役割と考えられるが実施しなかったものに、長期的な方向性の検討があります。これは長期理事が担う代わりに、会長副会長を中心とした理事会自体で決めていくことが適切と考えました。その結果作られたのが「中期計画の双子の60周年宣言」でした。情報処理学会の理事会の構成上、司令塔に会長=理事会ラインがあり、それと(健全に)対応し得る存在に監事がある、この上に長期理事が第三極となることはないとの判断によります。この判断の是非は私を引き継いでいただく小野寺理事ほかの皆様に委ねたいと思います。

     私は長期理事として2018年6月から2022年6月まで仕事をさせていただきました。この4年間で、歴代の西尾会長、江村会長、徳田会長の元で働きました。各会長は長期理事を信じて仕事をさせてくださいました。また、会長以外の名前を書ききれませんが、一緒に仕事をしてくださった理事や会員、事務局各位に本当に感謝します、ご迷惑もおかけしました。この期間で、会員減の傾向は脱せたと思います。なんだか、任期が終わっていないにもかかわらず、リタイアモードですみません。なにせコロナでおそらく6月総会後の打ち上げもできないでしょう。お礼を述べる機会がないのです。ここでお礼を述べさせてください。前年までの理事の先輩方をちゃんと送り出せなかったことが心残りです(私は4年間の半分以上がコロナ禍でした、突入時の大混乱を本メッセージの2020年04月20日版に書いています4))。あ、まだ終わってないですね。任期までちゃんと仕事します、木下局長(局長の支援なくしてはこの変化はおこせませんでした)。

    1)https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/ippankisoku.html
    2)http://www.ipsj.or.jp/annai/report/plan2021to2025.html
    3)https://www.ipsj.or.jp/60anv/declaration.html
    4)https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/takahashi_katsumi_2020.html