「科学コミュニケーションにおける【当事者目線】と【他者の目線】」
角 康之(会誌/出版担当理事)
会誌・主版担当理事を拝命して1年数ヶ月が経ちました。これまでも何度か記事を書く機会があった会誌「情報処理」に、今は編集者の立場で携わっています。
研究者という立場上、自分自身の研究を他者に伝える機会は多いですし、大学では、学生の研究発表を批評したり、発表の仕方を指導することも多いです。ですから、自分の研究を【当事者目線】で他人に伝えることの重要さや難しさは日頃から感じています。学生によく言うのは「他人事ではなく、自分自身の問題として研究に向き合おう」ということです。
その一方で、編集者の立場になると、読者や社会のニーズに合うトピックを探し出し、適切な著者に編集意図を伝えて執筆をお願いし、閲読時には一読者として分かりづらいところは修正のお願いをします。そういった過程を何度か経験していると、研究や技術を世の中に伝えていくには【他者の目線】も重要だと感じます。
翻ってみると、世の中の科学コミュニケーションには【他者の目線】が活躍している場面が多くあります。たとえば、博物館の展示では専門家自身が展示したりすると独りよがりになってしまうので、キュレーターや学芸員と呼ばれる【他者】が専門家から専門知識を聞き取り、一般来館者に向けた言葉やストーリーで展示を作ると聞きます。また、私も普及委員を務めている「ビブリオバトル」という書評合戦ゲームでは、自分が書いたわけでもない他人の本を熱く薦めるトークバトルで勝敗を決します。
ここで大事なのは、キュレーターや書評者が介在することで専門性のレベルが下がるとか、知識が曖昧になる、というわけでは決してないことです。優れたキュレーターや書評者は、聞き取り、読み取りに長けており、何よりも、対象に対して愛情を持ち、誰よりも先に本人たちが楽しんでいるように思います。ただし、あくまでも【他者の目線】で。「情報処理」編集者として【他者の目線】でかかわり、読者のお役に立つのはもちろんのこと、できたら、執筆者の皆さまにも「書いて良かった」と思っていただけるように努めたいと思っています。