「オンラインの研究開発を考える」
斉藤 典明(調査研究担当理事)
2023年6月から調査研究担当の理事を拝命しております。現在はオンライン大学に勤務しており、前職では、企業で情報通信技術を研究開発してきました。特にネットワークを介した協調作業に関するアプリケーションの研究開発を手掛けてきており、一研究者としては、誰もがオンラインを介してコラボレーションができる世界を目指してきたつもりです。ただ、企業からオンライン大学への転身時は、オンラインでさまざまなコラボレーションを実現するとはいえ、オールオンライン化はまだまだ先の未来のことかなと思っていました。
たとえば、情報処理学会誌の2020年5月号に30年後の情報技術を予測するという特集記事があります。ここに原稿を書いたときはコロナ以前で、きっとこれからの世の中はネットワークアプリケーションをもっと有効に使う世界が来るでしょう。30年先だったらそのくらいは達成できているかな、くらいの気持ちで書きました。ところが、ご存じのとおり2020年には新型コロナウイルス感染症のパンデミックになり、あらゆる活動がオンライン化されました。30年後の未来と思っていた世界観は、原稿が出たときには予測が達成されてしまっただけでなく、その予測を通過して、その先に何があるのか、という問いを突き付けられた気がしました。
コロナ禍では、情報処理学会の活動もまたオンライン化されました。学会活動というのは研究発表だけでなく理事会や研究会スタッフなどの活動もあります。研究発表はオンライン開催、学会関連の会合もオンライン開催になりました。このときは、リアル開催の代用としてのオンライン開催ではありましたが、オンライン化することで、現実では移動時間の関係で参加できなかったような複数の研究発表の聴講が可能になったり、いくつかの会合を掛け持ちすることもできるようになりました。そのため、単純にリアルな活動の代用というだけではなく、オンラインならではの世界観の広がりを体験することもできたと思います。
この傾向は、社会におけるオンラインの受容性も加速していて、今ではオンラインサービスを使いこなせないと何もできないくらいになっているように思います。たとえば、飲食店に入ると、自分のスマホでテーブルにあるQRコードを読み取り、注文することも当然になりつつあります。今までネットワークサービスを考えるとき「すべての人がオンランを利用できるとは限らない」という前提で考えたものですが、今どきの街中では「すべての人がオンラインを利用できる」ことが前提の社会、という切り口に変わっていることに驚きが隠せません。
コロナ禍から4年たって2024年になると、多くの活動がオンラインからリアルの世界に戻ってきました。「やっぱりオンラインではダメだよね」という声を聞く活動もありますが、それでもオンライン活動はリアルな活動を支える選択肢の1つとして市民権を得ていると思います。そのため、なんらかの活動を企画するとき、もはやリアルで活動することが当たり前ではなくなっており「オンラインでもいいところでなぜリアルで実施するのか?」という問いが出ることもあります。
特にコミュニティベースの活動だと、リアルだとそもそもの活動場所を確保するのが大変です。オンラインだと気軽に、情報共有の場所やオンラインミーティングの場を確保できます。これは、幸いフリーのネットワークサービスが多数あることにも起因しています。これを反対に捉えると、従来にましてコミュニティベースの活動を作りやすくなったとも考えられます。基本的には会わないことを前提とした新しい社会構造もできるのかもしれません。従来のSNSでも似たようなことはありましたが、オンライン社会の社会構造が1つ進化したようにも感じています。
皆様の研究活動によって、この社会構造の進化を察知し、今後の技術開発やライフスタイルの指針を示す場として情報処理学会が貢献できればと思っております。