会長挨拶

会長挨拶

萩谷昌己 
萩谷昌己
情報処理学会会長/東京大学

<目次>

新年のご挨拶

 2026年新年あけましておめでとうございます。会員の皆様のご健勝とそれぞれの分野でのご活躍を祈念しております。本年も会長として本会の発展に寄与できるよう尽力してまいります。また、役員の皆様、事務局の皆様におかれましても、それぞれのお立場で引き続き学会の発展にご尽力いただきたく、何とぞよろしくお願いいたします。
 
さて、会長に就任いたしまして半年ほどが過ぎました。この間、改めて学会の状況について学ぶことが多くございました。2020年度と2021年度に副会長を務めておりましたころより大きく進展したところも多くありますが、まだ解決していない課題も多く残っていると認識しております。しかしながら、2021年度以降、毎年度末にジュニア会員も含めて2万人という会員数を維持していることは称賛すべきことと考えております。また、これを今後も継続することが本会の最大のチャレンジではないかと思います。
 
我が国において2万人以上の会員を有する学会は、医学・薬学系を除くと、両手で数えるほどしかないそうです。本会に近い分野では、電子情報通信学会、応用物理学会、日本機械学会などが挙げられる程度です。したがって、会員数が2万人を超えることにより、我が国において学術が関係する多くの場面で責任ある役割を担うことが可能となります。科学技術関係の政策はいうまでもありませんが、国の教育政策もしかりです。
 
私は現在、(以下、かなり長い名称ですが)中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会情報・技術ワーキンググループの主査代理を、東京大学名誉教授および本会会長を職名として務めております。高等学校においては2022年度より始まった現行の学習指導要領は、現在、次の改訂に向けた議論がすでに始まっています。そのような場で責任ある役割を担うことができているのは、本会の情報教育に関連したこれまでの実績に加えて、2万人という会員数も背景にあると思っています。
 
なお、同ワーキンググループの名称が「情報・技術」となっているのは、学習指導要領の次の改訂において中学の技術科を情報教育の中心に据えるために、現行の技術・家庭科から技術分野を独立させ「情報・技術科(仮称)」に再編することが議論されているからです。さらに小学校では総合的な学習の時間の中に「情報の領域(仮称)」を設定して、小中高と一貫した情報教育を行う方向で議論が進んでいます。
 
本会としても以上の活動を支援することを表明するために、「教育課程企画特別部会 論点整理および教育課程部会 情報・技術ワーキンググループでの議論に関する意見表明」を2025年10月24日に公表していますので、ぜひ参照ください。
 
さて、ここからが本題です。では、どのようにすれば、2万人の会員数を維持し、さらに増やしていくことが可能なのか。これはいうまでもなく、現在の理事会においても、次の中期計画の策定に向けて経営企画委員会等で活発な議論が行われていることであり、本会の歴史においても、数十年にわたって恒常的に検討され続けてきたことであります。そう簡単に答えが出ることではないでしょう。
 
公開されている資料ではないのですが、年度末に学会員の構成に関する資料がまとめられています。たとえば、ジュニア会員に関しては、高校生と比較して中学生の人数が5分の1程度と非常に少ないことが分かります。先に述べましたように、次の学習指導要領で中学に情報・技術科が設置されれば、さらに学会の取り組みが必要になるでしょうが、中学の教員が会員として加わり、中学生のジュニア会員の増加も期待できます。
 
上記の資料を見て愕然とすることは、若手の正会員が非常に少ないことです。年齢と会員数の分布を見ますと、25歳に小さいピークがありますが急激に下がり、28歳前後で底を打った後で次第に増え、全体のピークは50歳代にあります。このピークは年々右に動いており会員の高齢化を示しています。なお、企業と大学を分けたデータでは、企業のピークの方がやや右になっています。
 
25歳のピークは、おそらく、就職後に学生会員から正会員に移行した後、すぐに退会された方々ではないかと推測されます。それはやはり、会員として残るメリットを感じないからでしょう。会員として残っていただくためには、すぐにメリットがなくとも、将来的にメリットがあるという予感は必須です。そのためには、企業の会員に対するさまざまな取り組みを実行することが求められます。
 
従来より企業の会員(特に技術者)にとって、学会は専門的な情報のソースとして位置付けられていたと思います。実際に、学会誌や全国大会などを通して、先端的な学術情報を提供することは、学会の重要な役割であり続けています。特に連続セミナーでは、企業の会員にとっても研究開発の最先端の生の情報を聞ける場になっています。しかし、それでもやはり、各種の技術情報が氾濫している中では、学会が発信する情報の受け手のメリットは低減しているのではないでしょうか。一方、11月に開催されたアドバイザリーボードにおいて、IT企業CEOの委員より、技術者の採用において候補者が書いたものを読むことが常であるというご発言がありました。これは、企業の会員にとっても、情報を発信する場が重要であることを示唆しています。
 
個人会員ではなく賛助会員の数は、事務局の努力もあって、順調に伸びています。賛助会員企業の期待するところは、いうまでもなく企業のプレゼンスを向上させるということだと思いますが、その結果として技術者の採用を有利にしたい、ということが本音ではないでしょうか。昨今、多くのスポンサー企業が参加して全国大会は活況を示していますが、特に学生にリーチして将来的な新卒採用を期待していると思います。そのような学生と企業の交流の場を中途採用を見据えた交流の場としても発展させれば、企業の会員にとってメリットになるでしょう。
 
もう一度、年齢と会員数の分布を見ますと、50歳代のピークの右も重要であることに思い至ります。いわゆる人生100年時代を迎えつつあるところ、ピークを過ぎた年齢で退会していく会員に対して、会費に配慮しつつ会員として活躍できる場を設けることができれば、ピークを過ぎた右のカーブが緩やかになっていくはずです。
 
年初にあたり、長々と述べてしまいましたが、6月の総会の冒頭の挨拶の中で述べましたように、学会にとって最も重要なことは、個々の会員のキャリアをサポートすること、と私は考えます。本会のすべての会員に、会員であってよかった、会員だからきっとよいことがある、と思っていただけるよう、本年も会長として努力してまいりたいと思います。何とぞよろしくお願いいたします。

会長就任にあたって

 

学会活動 × 喫緊課題 → 情報処理の未来
—会長就任にあたって—

萩⾕昌⼰
情報処理学会会長/東京大学

 

(「情報処理」Vol.66, No.7, pp.290-292(2025)より) 

 このたび,森本典繁前会長の後を継いで,第33代の会長を拝命いたしました.会員の皆様のご期待に沿うよう,精一杯務めて参る所存です.これまで,CS領域委員長,調査研究運営委員長,理事,情報処理教育委員長,副会長と務めて参りまして,本会の状況はおおよそ把握しているつもりではございますが,事業や支部の関連など,疎いところも多く,副会長,各担当の理事,事務局の皆様からのご鞭撻をよろしくお願いいたします.
 

学会活動


 さて,学会が推進すべき活動を,学会の組織の観点ではなく,広く社会からの学会への期待という観点から分類してみますと,おおよそ,研究教育産業国際という分類になるのではないかと思います.私がずっと勤めてきた大学では,教育・研究という順番なのですが,学会ではやはり,研究・教育という順番になるかと思います.
 
 研究に関連する本会の組織としては,研究会(調査研究と3つの領域)と論文誌があげられるでしょう.本会の重要な事業である全国大会とFITも研究を担っていますが,学生セッションや中高生情報学研究コンテストのように,教育の側面が次第に大きくなってきているのではないかと思います.会誌にも同様の状況がうかがえます.
 
 教育の活動の中心となる組織は,情報処理教育委員会です.私も4年間にわたってその委員長を務めましたが,小中高校生(さらに幼児)に対する情報教育,大学入試,大学の共通教育,大学・大学院の専門教育,さらに,生涯教育,技術者教育と資格制度,というように,情報処理の教育に関連するあらゆる活動を行っています.私は副会長在任中の創立60周年宣言に際して,More local and more diverse for global valuesという副題を提案しましたが,その過程の中で,それぞれの国や地方のローカルな課題を解決し,それぞれの利益のために活動することがローカルな学会の責務と強く認識しました.教育には国際的な側面もありますが,教育の課題の多くは典型的にローカルです.
 
 産業自体は企業が推進するものですが,学会に期待されることは,本会の技術応用運営委員会が推進しているように,企業が必要とする最先端の知識や技術が得られる場を提供すること,企業の研究者や技術者も含めて研究交流の場を提供すること,企業が求める人材のキャリアを支援すること,などでしょうか.さらに,起業に関する各種の支援や起業に挑戦する人材の育成といったことが考えられます.
 
 国際と分類した活動は,ローカルな学会ならではのものです.グローバルな学会ではすべてが国際的ですから,わざわざ国際化を目指す必要がありません.日本から世界に出ていく,という方向では,たとえば,ACMおよびIEEEと共同で選定している国際賞は,若手研究者が世界に羽ばたく一助となっています.その一方で,ローカルな学会としては,国際化の潮流の中でいかにして日本の利益を最大化するか,という方向もきわめて重要です.本会の標準化の部門(情報企画調査会)が奮闘しているように,国際標準化に貢献しつつも日本の利益を確保する,という活動が典型的です.さらに,情報セキュリティの延長にあるサイバー安全保障なども,日本の情報技術分野を代表する学会としては,避けては通れない分野と思います.
 
 
喫緊課題

 これまで学会活動にかかわってきた間も,常に数多くの課題が本会を取り巻いていました.たとえば,コロナ禍の課題には,私が副会長を務める前の岡部寿男副会長が中心となって対応されました.また,会員数(特に正会員数)の減少は本会の長期的な課題です.

 学会活動の全般にかかわる課題も多くあります.私は現時点で3つの課題が本会にとって喫緊でありきわめて重要であると考えています.人材育成,多様性,人工知能の3つです.上で分類した学会活動の行に対して,課題の列を描けば,次のように二次元の行列もしくは表が作れます.
 
  人材育成 多様性 人工知能
研究
教育
産業
国際 ? 

 ただし,行列の中身はまだ埋めていません.行と列の交わるところの具体的な問題とその解決への道のりを考えることが,情報処理の未来につながると確信しています.今後の2年間の任期の中で,理事会と事務局の皆様,そして,会員の皆様と一緒に考えていきたいと思っていますが,以下に現時点の考えを少しだけ述べさせてください.
 
 人材育成は教育の活動と考えられるかもしれませんが,すべての活動において後継者を育成していくことが求められています.教育においても,いかにして教育者を育成するか,という大きな課題が横たわっていて,情報処理教育委員会ではその傘下に情報科教員・研修委員会を設けて,主に高校情報科教員の育成にあたっています.

 多様性は,米国のトランプ政権により撤回されていますが,少子化が激化しつつある日本において,多様性の推進は未来の可能性を切りひらく鍵にほかなりません.女性の活躍に関しては,本会の理事会は理想的な状況にあります.当初,女性候補を優先する制度から出発しましたが,現時点では,そのような制度と無関係に女性候補の強さは盤石なものとなりました.また,ジュニア会員の女性比率もきわめて高いと聞いています.その一方で,学生会員,正会員となるにつれて,女性比率は下がっていきます.このことを逆に見ると,学生会員と正会員の女性比率を上げる努力を通じて会員増に貢献できる,ということです.多様性のもう1つの方向は,留学生や外国人の研究者・教員でしょう.日本の多くの大学,特に大学院においては,留学生が研究室の中核を担っていることが一般的です.彼らが本会においてさらに活躍できるようにするには,どのような方策が考えられるでしょうか.ただしその一方で,日本とは何か,ということを問い直す必要性が生じてくると思います.つまり,ローカルな学会におけるローカリティとは何か,という根源的な問いです.日本という国家なのか,日本という地理的な範囲なのか,日本人なのか,日本語なのか,日本文化なのか.私自身は,その答えは必ず見出せると思っています.
 
 かつて長期戦略を担当されていた小野寺民也理事が,理事を退任される際に本会の課題として少子化をあげておられました.そのとき,まさか少子化が本会の課題になるとは,と思ったことを,今では反省しています.上の2つの課題(人材育成と多様性)の解決策は,間接的かもしれませんが,少子化の課題の解決に通じると確信します.

 人工知能という課題は,上の2つに比べてさらに喫緊の課題であり,決して研究の活動に限られるものではありません.たとえば教育においては,人工知能の教育だけでなく,教育全般において人工知能をどう活用するかが大きな課題となっています.産業における人工知能の活用もしかりです.さらに,ニューラルネットワークを中心とする人工知能の興隆は,情報処理の学問分野全体を大きく書き換える可能性さえあると考えられます.私自身は,その重要性について,これまで過小評価してきたきらいがあります.情報処理の分野では,これまで何度もパラダイムシフトが起こってきましたが,人工知能は,そのようなパラダイムシフトを何個も起こそうとしているのではないでしょうか.たとえば,ニューラルネットワークの機械学習で注目された自動微分の技術は,微分プログラミングというパラダイムに一般化されつつあります.
 
 
情報処理について

 最後に,情報処理という言葉について触れさせてください.私は日本学術会議のもと,本会の情報処理教育委員会の協力も仰いで,情報学(英語ではinformatics)分野の参照基準の策定に携わりました.その際,情報処理学会は情報学会に名前を変えてほしいと強く思いましたが,今ではその思いはあまり強くありません.処理(英語ではprocessing)という言葉には歴史的な伝統があり,そこにはさまざまな意味が込められているからです.したがって,私の会長任期中に学会名の変更について提案する意図はありませんが,情報処理の分野がますます充実するにつれ,本会がカバーする学術分野の範囲やその呼び方については,継続的に議論すべきことと考えています.
 

(2025年4月18日)


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