白鳥 則郎

会長挨拶

50周年と新たな旅立ち ー 会長就任にあたって ー

白鳥則郎

白鳥 則郎 東北大学/情報処理学会会長

(「情報処理」Vol.50, No.6, pp.473-475(2009)より)

このたび,佐々木会長の後を継いで,第25代の会長に就任することになりました.

我々の情報処理学会は1960年に設立され,爾来,会員の皆様をはじめ多くの方々のご努力により「情報」に関する日本最大の学会として,国内はもとより海 外においても多大の貢献と役割を果たして参りました.そして私の任期中の2010年に,大きな節目となる50周年を迎えます.その記念行事へ向けて企画の 立案と準備をされてきた安西元会長,佐々木前会長をはじめとする役員の方々,多くの熱意ある会員の皆様に,厚く御礼申し上げます.

終戦直後の1946年に誕生したコンピュータENIACと同年に私も生まれ,このたび当学会の50周年記念の年に会長を務めることになり,コンピュータとの巡り合わせと縁を感じております.
このようなことから,会長として私の果たすべき使命は,まず学会の輝かしい実績と歴史を振り返って総括し50周年記念行事を成功裡に執り行うこと,さら に,次の50年へ向けた新しい旅立ちの起点にあたり学会の方向を模索し,その礎について議論することにあると考えております.

前者については,鋭意進行中であり別の機会もあるかと思いますので,ここでは後者について私の考えを申し述べたいと思います.ネット時代における情報処理 学会の新しい可能性を求め,いかに発展させるかを会員と役員の一人ひとりが現実に即して考えることが,学会の活性化につながるものと,私は考えています.


未来へ向けて社会に学ぶ

2010年といえば,1994年に当時私が主査を務めていたマルチメディア通信と分散処理研究会が「2010年マルチメディア通信と高速・知能・分散・協 調コンピューティングシンポジウム」を2日間にわたって開催しました.2010年へ向けた方向性,夢,提案について関連分野の若手からベテランまで,さら に企業と大学の先達を招き,熱く語り合いました.現在,途中の段階や実現したもの,はずれた予想もあって多種多様です.このシンポジウムは,関連分野のそ の後の進展の貴重な道しるべの1つとなりました.私は,このような学会活動を通して多くの人と出会い,末永く貴重な財産となる人間関係を築き,切磋琢磨し つつ学び,育てていただきました.このように当学会は企業や大学にとって貴重な人材育成の場となっております.

次に50周 年の節目にあたり,来たる50年の前半を展望するという観点から,過去20数年にわたる社会の歴史の概観を含めた議論をさせていただきます.昨年来,市場 原理主義(新自由主義)の破綻による金融危機/経済危機で,世の中は閉塞感につつまれています.1989年のベルリンの壁崩壊,1991年のソ連崩壊によ る社会主義の破綻と合わせて,両端の社会モデルを失ったわけです.そこで今,これらの2つのモデルの限界を超えた新しい社会モデルが求められています.具 体的には,米国流の効率至上主義に基づくグローバリズムの限界,ITのもたらす光と影,そして日本などにおける少子高齢化が進む社会が抱える課題と,いか に向き合うかが問われています.


新たな旅立ちへの提案

情報処理学会の次の50年へ向けた新たな旅立ちの起点に立つ今,明るく生き生きとした世の中とするために,上述した社会の歴史に学ぶ姿勢が大切と思われます.

学ぶべき基本として,我々は1)コンピュータやインターネットが提供するサービスの利便性を享受するあまり失ってしまった,そして忘れかけていた人間性の 視点を取り戻すこと.2)効率を中心とする合理性に加えて,多彩な個の多様性を受容すること.3)人と,人工物(情報システムなど)や自然環境が調和し共 生を指向すること等があげられます.

これらの3つに基づいた情報処理学会のこれからの方向を示すキーワードは,上記の 1),2),3)に対応した人間性(humanity),多様性(diversity),共生(symbiosis)で表現されると思います.このような 方向性に基づいた未来社会のあり方について25年後,さらに50年後の夢を,具体的な形として世の中に提示し,科学技術を先導することが当学会の重要な使 命の1つと考えます.


次の50年へ向けた発展の指針

当学会を支え る基盤は産業界と学術界にあります.大学は教育と研究で社会に貢献することを使命としていますが,共通しているのは人材育成です.一方,企業は産業面での 社会貢献を使命としていますが,その根底は結局のところ人材育成,つまり人に行き着きます.生き生きとした心豊かな社会を創るには,どんな局面でも最終的 には人がポイントになります.

当学会の役割として,魅力的な場の創生・提供による人材育成へ向けた活動が今後,より一層大 切になります.具体的には,会誌,論文誌,研究会,研究グループ,情報規格調査会などの場を通した企業と大学の連携・協力・交流による人材育成が,従来に も増して一層重要となります.加えて,技術者と教育に関する資格の制定・講習会・認定制度の導入,さらに中学・高校における情報教育への支援などがあげら れます.高校での教科「情報」の履修状況に関して懸念すべき事態を目の当たりにし,2006年11月に当学会から声明が出されました.そこに込められた教 育への眼差しは,今なお当学会として継承しており,さらに2013年からの新課程にも向けられていることを確認したいと思います.

今後はさらに,先述の人間性,多様性,共生の観点を考慮すると,25年,50年後へ向けた当学会の発展のためには,図-1に示すように3つの観点が重要と考えます.

新しい観点の1つは当学会の中核となる会員に関するもので,シニアと理工・情報系離れの子供たちなどの市民を対象とした観点です.具体的には,シニア会員 にとって魅力ある学会となる活動を創ること,そして中学生・高校生に夢を与える活動を創生することが重要と考えます.シニアへの対応は,シニア向けコミュ ニティ活動支援など,中・長期的に日本だけではなく,高齢化が進む先進国においても大きな課題となっております.また,プレスリリース,声明など社会への 積極的な情報発信が望まれる今,この観点は当学会の活性化や会員拡大とも関連し,これから重視すべきであると思っています.

2つ目は,グローバルとローカルのあり方に関する観点であり,ローカル(地域・文化・日本語)を大事にし,この基盤に立ってこそ真のグローバリゼーション が可能になると思います.具体的には,まずアジアの近隣諸国との連携・協調を深め,次にこれを基盤にして欧米との関係を展開することが肝要と考えます.こ れによって,アジアからの技術革新,標準化活動の促進,会員の拡大などにつながると思います.また,学会本部と支部の役割分担の見直し,さらに支部活動の 一環として地域の伝統・文化の再生と発展の支援にも目を向けてはいかがでしょうか.学会の市民へのかかわりについては,本部はもちろんですが,シニア/中 学生・高校生がいる地域の支部の果たすべき役割が大きいと思います.このような地域の充実に根ざしたグローバリゼーションが望まれます.

第3の観点は,多彩な個と全体に関する価値観のダイバーシティ(多様性)と連携・融合です.たとえば個としての会誌,論文誌,研究会,研究グループ,情報 規格調査会,全国大会,シンポジウムさらに特集号やWebサイトのあり方.これらは,上述の市民への関わりとも関連し,産業界と市民に対して当学会の敷居 を低くすることが重要です.論文誌は,特集号の充実と日本からの情報発信の活性化へ向けて,大学などにおける評価や国際ジャーナルとの関係をもっと強く意 識し編集方針を考える必要があると思います.また,会誌,論文誌,研究会が相互の協調をさらに深め,連携した企画などを導入すれば大きなシナジー効果が期 待できるのではないでしょうか.基本はゆるやかな関係ですが,テーマ,時期などに応じて積極的な強い連携が望まれます.連携の場として,それぞれの持ち場 に加えて,DICOMOなどの複数の研究会によるシンポジウム,全国大会,FIT,支部大会なども考えられます.異分野の連携・融合,新分野・領域の開拓 へ向けてリーダーシップの発揮が大いに期待されます.IETFとの関係を含め情報規格調査会もネット時代の新しい展開が望まれます.以上のような新しい情 報処理学会へ向けた着実な展開には理事とともに監事の役割も重要になります.


一般社団法人への移行

公益法人に関する制度改革が行われ,昨年12月に関連の新3法が施行されました.この改革により,学協会は制約が少なく柔軟かつ機動的な活動が可能となり,社会のニーズに対し多様なサービスを提供し,安全・安心な社会に大きく貢献することが期待されております.
当学会は,昨年の12月22日に開催された臨時総会において,この改革に沿って「一般社団法人」へ移行することを決定しております.現在,円滑な移行へ向けた申請を進めているところです.
新制度のもとで,次の50年へ向けた新たな情報処理学会の安定した財政を含むしっかりした基盤を確立すべく会員の皆様とともに尽力したいと考えております.関係各位のご支援,ご協力を賜りますようよろしくお願い申し上げます.

(平成21年4月28日)

図-1 情報処理学会の発展へ向けた3つの観点

図-1 情報処理学会の発展へ向けた3つの観点