「我が家で働く手作りのIT技術」
折原 良平(総務担当理事)
さまざまなフリーソフトやスマートフォンアプリを容易に入手可能な今日この頃だが、古くからのプログラマの悲しい性か、一般向けソフトはどうにも痒いところに手が届かないと感じることがあって、えい、それなら作ってしまえと自宅用ソフト開発に乗り出すことがたまにある。早々に役目を終えた作品もあるが、中には必要不可欠なツールとして我が家の暮らしに溶け込んでいるものもあるので、自慢がてら2点ご紹介したい。
(1)ワインセラー管理システム
稼働時期:1998年頃
開発言語:tcl/tk
利用頻度:週に6日
ワインに興味を持った人の多くが保管の問題に直面する。我が家では大小2つのワイン用冷蔵庫、熟成の必要のないワインを入れる普通の冷蔵庫、すぐに飲むワインを入れる本棚、その他の場所(ご推察の通り押入れや段ボール箱)、にて保管をしているが、所蔵量は多いときで200本近くに達するため、どのワインがどこにあったかを記憶するのは容易でない。冷蔵庫の扉を長時間開けて探すのは、ワインのためにも、節電の観点からも良ろしくない。こんなときこそデータベースの出番というわけで、キーワードを正規表現で入力すると、マッチしたワインのリストを提示し、そこからワインを選ぶと保管場所をグラフィカルに示してくれるシステムを開発した。
これは非常に便利で、我が家では週に1度の休肝日を除き継続的に使われている。入力は確かに面倒なのだが、同じワインを繰り返し購入する(コピー&ペーストで入力完)ことが多いのに加え、入力時にラベルに書かれていない情報をWebで検索して書き添えておく癖が付き、(ワインの)勉強にもなった。テイスティングノートを管理する機能も付けてはみたが、こちらはほとんど使われていない。これから飲むワインは大事だが、飲んでしまったワインには興味がないということか。
tcl/tkはすっかり廃れてしまい、一時はこのシステムの維持のためだけにLinuxマシンとXサーバを用意するほどであったが、最近はWindows用の処理系もあるようで、しばらくは心配なく使えそうだ。
(2)番組推薦環境
稼働時期:2005年頃
開発言語:C++、Perl、csh
利用頻度:毎日
私の研究グループでは、データマイニング技術の応用として番組推薦の研究を行ってきた
[1、2、3]。開発した技術の評価にあたっては、まずは自宅で使ってみるのがスジというのが私の信念で、提案アルゴリズムによる番組推薦環境を自宅に構築し「評価実験」を延々と重ねている。
推薦エンジンの直接の出力は推薦番組のリストであり、たとえばWebブラウザに表示して評価を行うという仕様は簡単に実現できるのだが、評価にあたるのは自分だけではなく家族のこともあるということを考慮すると、それでは能がない(というか、「めんどくさい」と言われる図が目に浮かぶ)。我々のアルゴリズムの自慢は高い推薦精度なのだから、と、潔くチャンネル権を推薦システムに渡してしまうことにした。具体的には、USB接続できる学習リモコンを使ってPCから推薦リスト通りにチャンネルを変えられるようにした。評価は非常に簡単で、間違った番組が推薦されれば直ちにわかる。私が不在でも評価に問題はなく、推薦が間違ったら私が妻に叱られることになる。
この環境はほとんどノータッチで動くため大変便利で、推薦が当っている限りは次第に存在を忘れてしまう。従って我々の技術のありがたさも妻に忘れられる恐れがあるのだが、都合の良いことに家庭内ネットワークのトラブルやリモコンの電池切れで推薦システムが停止することがあり、いつも見ている番組が推薦されない等によりそれに気付いて推薦のありがたさを思い出す。こうして、時々叱られつつも、データマイニング技術が家庭に役立っていることが意識され続けている。
こう書いてみると、何となく日曜大工に通じるところがあるなぁ、と妙な感慨を抱いてしまった。日曜大工よろしく家庭のためのソフト開発にいそしむ親を見て育つ子供は、情報処理への自然な興味を持つに違いない。これでIT業界も安泰だ。そううまくは行かないか。
[1] 折原、村上、坂本、堀口、コンテンツの高精度推薦技術によるデジタル機器の価値向上、東芝レビュー、Vol.61、No.12、pp.13-17、2006。
[2] 村上、森、折原、推薦結果の意外性を評価する指標の提案、第21回人工知能学会全国大会 2C5-2、2007。
[3] 村上、森、折原、推薦の意外性向上のための手法とその評価、人工知能学会論文誌、Vol.24、No.5、pp.428-436、2009。