「ジュニア会員、学生会員とともに」
野田 夏子(教育担当理事)
本を目で読むのではなく、朗読されたものを耳で聞く形での読書をする人が自分の周りで増えてきました。だんだんと老眼になり、読む行為が苦痛になってきたということらしいです。私は頭痛持ちのせいかイヤフォンやヘッドセットの類はあまり好きではないので、まだ目で読む読書を続けていますが、気持ちは本当によく分かります。長い時間の読書は目が疲れるようになりました。耳で聞く読書、同い年のある友人は1.8倍速で聞いているそうです。オリジナルの速度ではなんだかもたもたしていていらいらするとか。「タイパ、ばっちりだよ」とのこと。一緒にその話を聞いていた70代の友人、その場で試しに1.8倍速再生を聞いて一言、「気持ち悪い!」
タイパばっちりのはずの友人も、イントロはスキップしてサビだけ聴く、という昨今の若者の音楽視聴方法はさすがにしていないようです。音楽好きの別の友人とは、これではクラシック音楽が聴かれなくなるのも無理はないよね、とため息まじりに話しました。たとえば年末におなじみの第九、演奏時間は約1時間、タイパの対極です。「サビだけ聴かせて」と言ったら、ベートーヴェン先生真っ青でしょう。だいたい、どこがサビなんだか。
また別の日、同僚の教員(私よりはずっと若い方ですが)がぽつんと一言、「今の学生は年を取ってもタイパ重視で倍速再生、音楽もサビだけ聴いていたりするんでしょうか」、うーん、それはどうでしょう、と私にはうなることしかできませんでした。
すべての人を取り残さない、誰にとっても快適な社会を作る、持続可能な社会を作る。情報処理技術がこの理想の実現に寄与することを疑ってはいません。ですが、この技術を人間がどう使いこなして理想を実現するか、簡単なことではないなあ、とも思います。自分と違う世代の常識や感覚、なかなか気が付けなかったり、知らずにいたりすることも多いように思います。何しろ私たち自身がこの先どう変化していくか、そのことすら分からずにいる。
介護の問題が肩にのしかかり、自分自身の老いも気になるこの頃、未来を支える技術者が高齢者の現状と心情を本当に理解し、誰もが穏やかに暮らせる社会を作り続けることができるのか、とふと不安がよぎることもあります。それは若い人たちへの不満ということではなく、自分にもうまくできる自信がないという思いであり、さらには私たちの世代がきちんと次の世代を育成することができたのだろうか、という少々の後悔にも似た思いでもあります。
でも、そんなある意味「上から目線」の心配は無用なのかもしれません。3月の全国大会での中高生情報学研究コンテストの会場は、若い熱気に溢れていました。彼らは本当にさまざまな問題(自分たちの文化祭での決済、自転車の事故防止といった問題から、数値計算の高速化まで!)に目を止め、柔軟なアイディアでそれらを解決しようとしていました。何より、臆さずにさまざまな年代の大会参加者と向き合い、異なる角度からの質問やコメントをきちんと受け止め答える姿が印象的でした。
こうしたジュニア会員の活動の活性化も教育担当理事の仕事です。若い世代に未来を支える情報処理の基本を教え、人材を育てる。「教育」は情報処理学会の大きな責務です。ただ、次々と新しい技術が生まれるこの分野において、教育とは、若い世代を「教」え「育」てるだけでなく、若い世代と「共」に「育」つ、共育でもあるのかもしれません。現在、情報処理学会は3,000人を超えるジュニア会員、3,000人を超える学生会員を擁しています。教育担当理事の任期もあとわずかとなりましたが、これからもこの若い会員と手を携え、より明るい未来を作るために日々ともに育っていきたい、と思っています。