2023年05月11日版:中野 美由紀(監事)

  • 2023年05月11日版

    「学会の役割と社会の変革

    中野 美由紀(監事)


     「理事からのメッセージ」というコーナーですが、私は2021年度から2年間、「監事」をしております。前任の河内谷監事のメッセージから引用させていただきますが、監事は、法令および定款上の監事職務であり、学会の業務や財産の状況から監査報告を作成すること、が担務と定められています。これまで、私は技術応用担当理事として、学会主催の連続セミナーの企画・運営、CITP関連の運用、事業担当理事として、全国大会やFIT・プログラミングコンテストなどを担当してまいりました。  それぞれの担務を通して、情報処理学会が行っている数多の事業とその流れを拝見させていただいたつもりですが、いざ、監事として、研究会運営から多岐にわたる事業の結果まで第三者の立場から学会運営全体を見守る立場となりますと、改めて違った視点で情報処理学会の役割とは何かについて考えさせられます。

     監事になった初年度は、情報処理学会の全国大会等をはじめ多くのことがオンラインで行われる状況が続きましたが、2年目は対面へと移行することとなりました。私個人としても、大学の授業がほぼ対面へと移行し、電通大で開催された3月の情報処理学会全国大会は学生とともに対面にて参加し、人が多く行き交い交流できることの重要性を改めて認識できました。3年前、新型コロナへの危機感が高まり、急激にすべての社会的活動がオンラインへと移行したことに困難さがあったように、さあ、対面になりました、と舵を切られても、そう簡単には切り替えられないのが人間です。人と人との関係性、ニューノーマル時代の社会の再構築に、ITは今や必要不可欠な社会基盤として認識されているかと思います。

     たとえば、情報処理学会第85回全国大会は電通大の多大なご協力のもと、ハイブリッド開催されました。事業担当の湊理事の報告1)にありますように、対面参加者は2,000人に復帰するとともに、オンラインも含めた参加者は増えています。これは、完全対面に戻すことも可能な中、ITを駆使する情報処理学会のハイブリッド開催が受け入れられている、つまり、緩やかな社会変化として「オンライン活動における利便性」、特に移動や生活リズムにおけるコストの低減が受け入れられてきつつあることかと思われます。情報処理学会は、新型コロナに伴い、多くの学会が大会を中止するなか、2020年3月には完全オンラインで全国大会を開催しましたが、今また、我が国におけるニューノーマル時代の良い先例として、対面とオンラインの有効的な連動をさまざまな場で実践してほしいと感じています。

     社会の激変は新型コロナだけではありません。ウクライナ紛争から始まった世界へのインパクトは、単なる人の移動や政治的な問題だけではなく、世界経済へ波及し、生活基盤として欠かせない電気代も高騰しています。東日本大震災以降、節電への理解は大変深まったと思います。一方で新型コロナ以降、オンライン会議、リモートワーク、さらにはスマートシティの推進、各所・各分野でのDX推進等とITを利用すること自体が、電気を利用することにつながります。「カーボンニュートラル」へのアプローチもITなくしては実現できないなか、情報処理学会が自身として、最先端のITを採用、実践していくことが必要と思われます。財務担当の田上理事が報告2)されていますように、学会運営においてもDXに関する試みが進められているようです。企業や団体におけるDX導入において苦労されているという話はよくお伺いします。情報処理学会も自ら実践し、その困難さ(ITの導入だけではなく、運用という人との関係性が一番大変かもしれません)と学会自身としての有効性を検証することは、今後の学会の1つの在り方かもしれません。

     社会におけるITの激変としては、2022年度の会長の周年メッセージ3)ChatGPTの出現があげられます。Wikipediaの登場でもさまざまな議論が巻き起こりましたが、ChatGPTに関する議論は瞬く間に世界中に広がっています。今までのchatbotなどとは一線を画する広い話題に対して、より人に近い会話を返す技術は、大きなインパクトがあります。一方で、Wikipediaのように多くの人と少なくとも記録が残る場で行う議論ではなく、あくまでも個人への回答となります。しかも、その回答の出所を尋ねてもWikipediaなどを用いて学習しています、と丁寧でありながらも、かなり大雑把な回答しか得られません。また、「どうして空は青いのか」と尋ねれば、かなり難しい光の波長と散乱現象に言及し、「こどもでも分かるように」と尋ねれば、難しい言葉は優しい言葉に置き換えられています。「難しい言葉」の根拠は何かと尋ねると、お尋ねのことが分かりません、と丁寧に返ってきます。個人の利用を想定としたとき、信ぴょう性、信頼性あるいは根拠をどうやって知るべきなのか、OpenAI社ならぬ利用者には、まだまだ分からないことだらけです。一般の人にとっては、あたかもChatGPTが特定の個人であるように見えるかもしれません。しかし、会話の結果は学習したデータからの要約生成であり、個としての理解の上での説明でないことは、会話のような形での情報提示において、なかなか理解しにくいところです。おそらく学習し続けることで、ChatGPT自体がツールでありながら、時間経過とともにある意味同じ動作をしないであろうこと、あるいは、同じ回答をしないことが容易に想像できます。現在、教育の場を中心に利用の是非が問われていますが、会長のメッセージにあるように、作り出されたITを否定することなく、IT研究者、技術者である我々はその本質を知り、人として、社会としていかに使えるかについて考察、議論しなければならないと思います。情報処理学会が常に情報技術の最前線で最新の知識を提供できることに期待したいです。

     最後になりましたが、2022年度も情報処理学会ではさまざまな活動が中長期戦略2)の推進のもとに行われ、従来の研究に関する学会活動から発展し、小学校から中高生に向けた情報処理普及の取り組み、新たに始まる「情報」入試へのアプローチ、他学会と連動したダイバーシティ宣言4)などが広く活動しています。すべての活動は理事のメッセージをご覧いただければと思いますが、会長・副会長をはじめ尽力されている理事および事務局の皆様には頭の下がる思いです。監事2名は、学会員の皆さまの活躍と情報処理学会の今後に向けて、日本の情報分野の研究を推進するとともに、社会に向けて時宜を得た発信ができるよう、学会への貢献を努力していく所存です。


    1)湊 真一:理事からのメッセージ(2023年04月13日版):https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/minato_shin-ichi_2023.html
    2)田上敦士:理事からのメッセージ(2023年03月02日版):https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/tagami_atsushi_2023.html
    3)徳田英幸:創立記念日に寄せて(2023年4月22日):https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/presidents/31tokuda.html#20230422
    4)情報処理学会 倫理事例集:https://www.ipsj.or.jp/ipsjcode-jirei.html