2022年03月07日版:森嶋 厚行(調査研究担当理事)

  • 2022年03月07日版

    「レゾンデートル、ハイブリッドワールド、そして学会

    森嶋 厚行(調査研究担当理事)


     子供のころは、大人になって働くのは大変そうで嫌だなあと思っていました。しかし社会人になって働き始めると、自分が少しでも誰かの役に立っていると感じられることほど幸せなものはないことが分かりました。今では人間というのは自分のためだけにはあまり頑張れないのではないかと思っています。自分がいると喜んでくれる人がいるんだと感じることは、生きていることに意味があると感じられる瞬間です。

     私が学んだ歴史によれば、当初弾道計算などの軍事目的で開発が進んだコンピュータですが、有り余るコンピューティングパワーは、そのうちGUI等ユーザインタフェースの向上に利用されるようになりました。90年代からはそれらはリッチメディアの実現やより安全な通信のために活用されてきました。自分が社会人になったころに、これを将来何のために利用したいのかを考えたことがあり、そのときに思ったのが「皆の存在理由を作るために利用する」です。 コンピューティングパワーとネットワークを利用して、すべての人々が自分が存在することに意味を見つけることができれば素晴らしいと思ったのです。

     新しい世代の人々はすでにサイバーとリアルの両方をまたがったハイブリッドワールドで生活しています。そして、ますますサイバーワールドの比重が高まっており、コンピュータネットワークとメディアが我々の存在理由の認識に与える影響はさらに重要度を増していきそうです。ニュースなどを見ると、インターネットメディアを通じて心ない人々によるネットたたきなどで心を病む人々がいる一方で、自分の居場所や仲間を見つけて救われてる人々もいるようです。 現在、私はクラウドソーシング・プラットフォームに関する研究を行っていますが、数多くの仕事の機会を創出すること、一人ひとりが誰かの役にたっていると思える世界が実現できればと思っています。

     ハイブリッドワールドの住人として、CS領域委員長になったときの私の公約は2つありました。1つめは「年一度以外の領域委員会はすべてオンラインにし、オフライン開催時には懇親会を開催する」でした。これについては公約時には関係各所から実現困難ではないかと言われていましたが、着任時に到来した新型コロナという外部要因によって一瞬で、そして皮肉にも徹底的に実現されてしまいました。そういう意味で新型コロナはポジティブな側面もあったのだと思います。ただし、オフライン開催の重要コンテンツであった年一度の懇親会が実現できなったのは残念ですが。

     このように新型コロナの端として半ば強制的に我々はサイバー中心のハイブリッドワールドへの道を進んでいるのですが、皆さんおっしゃるように、もう以前の世界に戻ることはできません。ハイブリッドであるだけでなく、今後は、オフラインにメリットがあるという特段の理由がない限りサイバーワールドでの行動が第一選択肢となる「サイバーファーストワールド」になることは間違いないと思います。このとき、情報処理学会の競争相手は、ACMやIEEE等の既存の学会だけではなく、connpassでありarXivでありKaggleといった新しいプラットフォームとして現れるのでしょう。イノベーションのジレンマに陥らないように、学会内ベンチャー的な組織が既存の活動を完全に無視した枠組みを作るといった工夫が必要かもしれません。

     2つめの公約は「主査間の研究交流・学会に関する意見交換をすること」でした。CS領域委員会では毎回いずれかの主査の先生に、研究紹介と学会活動に関する提言を行っていただいています。主査の先生方とお話をするたびに、本会の資産はそこに集っている素晴らしい先生方とコミュニティであると再認識します。研究会ごとにさまざまな工夫をされていますが、たとえば私の出身であるDBS研究会では、電子情報通信学会データ工学専門委員会、日本データベース学会と年に一度のDEIMフォーラムというイベントを開催しており、そこでは学生が研究を進めていくための支援になるように計画されたスケジュール(改訂の機会が2回ある)と、学生をモチベートするさまざまな賞、企業と大学が交流できる場などを提供しており、大学教員にとってありがたいのはもちろんのこと、企業の皆さん、学生の皆さんにも喜ばれていると聞いております。そのような場の提供の積み重ねが、研究会の存在意義なのだろうと思います。他の研究会も意欲的な試みをたくさんされています。このような素晴らしい皆さんの活動とネットワークを学会の価値につなげていきたいと思います。