「将棋における人間とAIのかかわり」
松原 仁(副会長)
ご存じのように将棋はすでにAIの方が人間よりも強くなっています。プロ棋士の藤井聡太さんがたくさんのタイトルを持っていて、ときどきAIの推奨手と違う手を指して勝ってAI超えと言われていますが、1局を通じて指すとなれば、藤井さんのファンには申し訳ありませんが、彼をしてもAIに勝ち越すことはできません。1970年代に最初の将棋AIが作られてからずっと弱い時代が続いていた(その弱いときに私も必死に強くしようと将棋AIを作っていました)のですが、さまざまな工夫によって少しずつ強くなっていきました。ボナンザの保木邦仁さん(電通大)が機械学習で評価関数のパラメータを学習する方法(ボナンザメソッドと呼ばれています)を2006年に提案して一気に強くなり、2010年には情報処理学会創立50周年記念イベントの一環として女流プロ棋士の清水市代女流王将と将棋AIの「あから2010」が対局して「あから2010」が勝ちました。2010年代になってプロ棋士と将棋AIの対局イベントが盛んに行われ、2017年に佐藤天彦名人にポナンザ(ボナンザとは違う将棋AIです)が勝ってAIが人間より強くなったことを示しました。その後も将棋AIはさらに強くなっていて藤井さんでも敵わないということです。
ボナンザ、ポナンザなどの従来の将棋AIはミニマックス法(アルファベータ法)などの探索で先読みをして機械学習でパラメータを学習した評価関数で局面を評価して手を決めます。探索系(あるいはNNUE系=Efficiently Updatable Neural Networkの頭文字を逆にしたもの=)と呼ばれます。2016年の囲碁AIのAlphaGoに影響を受けてディープ・ラーニングの将棋AIも出現し、dl系と呼ばれます(deep learningの頭文字でdlshogiが代表的です)。探索系は詰みが生じる終盤に強く、dl系は手が広い序盤中盤に強いと言われます。いまは両者が将棋AIのトップを争っている段階にあります。
人間よりAIが強くなると将棋というゲームが廃れるのではないか、プロ棋士の存在価値が失われるのではないか(仕事が奪われるのではないか)などという心配が、AIが強くなっていく途中には盛んになされました。しかし現状を見るとその心配は杞憂でした。プロ棋士は将棋の勉強にAIを使っています。当初は一部のプロ棋士だけでしたが、いまは大多数のプロ棋士が使うようになりました。前述したように将棋AIも得意不得意があるので、探索系とdl系の両方の将棋AIを使っています。探索系はCPUで動きますがdl系はGPUで動くので、CPUとGPUの両方を載せたコンピュータを使うのがふつうです。藤井さんは彼自身でコンピュータを自作しています。渡辺明さんというトップレベルのプロ棋士は百万円以上のパソコンを使っています。そうやって勉強することにより、プロ棋士が指す将棋のレベルは以前よりかなり高くなりました。将棋ファンは高いレベルの対局を楽しむことができています。また将棋というゲームは途中では強くない人にとってどちらが優勢なのか分かないことが多いのですが、最近はAIによる現在の局面の評価値が数字で表示されるようになりました。これなら将棋ファンにも形勢が分かります。応援している藤井さんが優勢と知って安心できるのです。将棋界はこのようにAIを道具とすることで発展していると言えます。囲碁界も同様にAIとうまく折り合いをつけています。
これからAIはさまざまなところでレベルが向上していきます。部分的にAIが人間の能力に追いつき追い越すことがあるでしょう。そのときに人間がAIとどう折り合っていけばいいか、将棋界囲碁界がいい手本になるのではないかと思います。最初はAIの能力がとても低くて人間に相手にされていませんでした。徐々に賢くなっていき人間とAIの能力が競うレベルになると人間がAIに反発するようになりました。AIが人間の能力を追い越すと人間はその事実を受け入れて自分たちの能力の向上にAIを積極的に利用しています。さまざまな領域で人間とAIがいい関係になることを願っています。