2017年02月06日版:松原 仁(教育担当理事)

  • 2017年02月06日版

    「人間にできることとコンピュータにできること」

    松原 仁(教育担当理事)

     教育担当理事の松原仁です。情報処理学会における教育というのは大学・大学院の情報教育だけでなく、企業における、また高校、中学校、小学校などにおける情報教育も担当しています。

     個人的には人工知能の研究を専門にしています。最近のコンピュータ囲碁の強さはマスコミで大きく取り上げられていますので、みなさまもご存知のことと思います。2016年1月に出た『ネイチャー』の論文でグーグルは2段のプロ棋士に5戦5勝したアルファ碁を開発したことを発表しました。それまでのコンピュータ囲碁はアマ高段のレベルまではいっていましたがプロには互先(ハンディなしのことを囲碁ではこういいます)ではまったく歯が立ちませんでした。急にプロ棋士のレベルまでいったので関係者はびっくりしました。しかしまだトップレベルのプロ棋士とはかなりの差があると思われました。2016年3月に韓国のイ・セドルというトップレベルのプロ棋士とアルファ碁が対戦し、予想に反して4勝1敗でアルファ碁が圧勝しました(1月の論文のときよりさらにレベルアップしていました)。アルファ碁はいま注目されている深層学習という機械学習の技術を用いて強くなりました。囲碁の局面を直感的に把握する「大局観」という能力はプロ棋士のように優れた人間しか持てないと考えられてきましたが、アルファ碁は人間を超える「大局観」を身につけていたのです。この年末年始にはネット碁にマスターという得体の知れないソフトが登場し、世界中のトップレベルのプロ棋士相手に60勝して負けなしでした。負けた棋士の中には現在世界ランキング1位の中国のカ・ケツ、日本の6冠の井山裕太も含まれています。持ち時間30秒の早碁とはいえマスターの強さに世界中の囲碁ファンは驚きました。その後マスターはアルファ碁の改良版であることが公表されました。もはや人間は互先はおろか2子(対局開始時に2個の石をあらかじめ置いておくというハンディ)をもらってもコンピュータには勝てないのではないかといわれています。

     まだ総合的な能力では人間がはるかにコンピュータにまさっているものの、囲碁や将棋のようにルールが明確で範囲が定まっているような対象については部分的にコンピュータが人間を超えようとしています。このように進歩した人工知能は、これから我々の生活に大きな変化をもたらすと思われます。

     変化すると思われるものの一つが教育です。人工知能が人間の仕事を奪うといわれることがありますが、人間がする仕事がなくなることはないと思います。ただし、仕事の内容は変わっていきます。単純作業はコンピュータの方が人間よりもはるかに効率的にこなすようになります。人間はコンピュータが不得意な作業をします。お互いに得意な作業をする。それが人間とコンピュータの役割分担になっていくでしょう。となれば人間に対する教育もそのように変えていかなければなりません。コンピュータが得意なことを人間ができるようになったとしても仕事につけないのです。コンピュータが不得意なことを人間ができるようにしなければいけないのです。ルールが不明確で範囲が定まっていない対象を扱う能力を人間は身につけなければいけません。

     まったなしで教育を変えていく必要があります。大学入試の在り方を変えようとしているのもその動きの一つでしょう。人工知能はあくまで人間の道具にすぎません。賢くなりつつあるその道具をうまく使いこなしてさらによい世の中にしていくために人間も賢くならなくてはいけません。人間にはそれがきっとできると信じています。