「色々なことができそうな時代の学会」
小林 稔(調査研究担当理事)
雑誌『Popular Mechanics』に毎月のように掲載されていたレーザーカッターの広告を見ながら、コンピュータ制御の工作機を家庭に持つ生活に憧れていたのも、あっという間に20年前のことになってしまった。子どものころから工作が好きで、とにかく、それができるように、仕事も私生活も進んできた感がある。ボール紙を切ったり、木や金属、プラスティックの板を切ったり、個人でできる工作の多くは、板を切って組み合わせることで構成しようと考えてきた。組み立てに比べて、切る工程は時間もかかり体力も消耗し、それゆえにレーザーカッターに憧れた。しかし、板を組み合わせて形を作る方法では、都合の良い「部品」を探すことも必要であったし、アイディアを盛り込んだ難しい仕組みを実現できないことも多く、方法自体が発想を制約していたように思う。
仕事で10年ほど前から、プロトタイピングの幅を広げるために3Dプリンタを使い始めた。探すのに苦労した「丁度良い部品」を自分で作ることができるようになっただけでなく、形の作り方を考えることから解放されて(といっても、考えることはたくさんあるが)、機能を実現するための「形」を自在に追求できるようになった。それから10年も経たずに、3Dプリンタは家電量販店に並ぶようになり、私もネット通販で購入し生活の道具作りに活用している。何でも作れるわけではないが、便利な定番のグッズをストックしておく必要はなく、必要なときに作ればよい(しかも、お好みの色で)という生活は、結構楽しい。同じころに、安価なマイコンも使いやすく入手しやすくなった。私が子どものころに歯車や電子回路を組み合わせてやっと実現した仕組みよりも、何十倍も複雑な動作を、プログラムを書くことで試行錯誤しながら作り上げることができる。しかも、インターネットともつながる。アイディアさえあれば、できることは無限に感じる。
このように「色々なことができそうな」時代に私たちは生きている。そこで大切なのは「何をしたいか」のアイディアだと思う。そのアイディアを生み出すのは、一人一人が持つ多様な経験だ。また、したいことを実現するための方法についても、一人一人が持つ多様な経験から生み出される。しかしながら、多くの場合、何をしたいかが初めから明確に意識されることは少なく、したいことがある人と実現する方法を知っている人が同一であることも多くはない。アイディアを育て実現するためには、多様な人との出会いや、そこから受ける刺激が大切な役割を果たす。個人の生活では、インターネットを介して多くの人と経験や知識を共有できるようになり、それが、今日のものづくりを面白くしている。研究の場面において、そのような機会を提供するのは、学会の重要な役割の一つと認識している。
理事になる際の抱負の中で、創造的な活動者が出会い議論し考えを発展させる場としての研究会活動の大切さを示し、その環境の維持・拡大に努めてきた。研究会やシンポジウムなどの活況は、ボランティア精神溢れる構成員のボトムアップな活動によるものであり、役員としては応援することしかできなかったが、学会のおかれる多様な状況を乗り越えるための議論を通じて、情報処理学会における研究会活動が活発であり続けるために大切なことは何なのか?についての議論を深めることができたのは収穫であった。学会の随所にある、社会のニーズを敏感に感じ取りながら工夫を凝らし学会を知の交流の場としてさらに発展させようとする熱意ある取り組みを、しっかりと支える学会であり続けてほしいと願う。
工作の話題に戻ろう。仕事で画面や紙の上で文字を扱うことの割合が多いと感じ始めてからは、意識して、趣味の時間は立体的な構造を頭の中で作り上げることに時間を割くようになった。頭も体も疲れる作業だが、仕事で疲れた頭がほぐれ、癒される気がする。健康のためには運動も食事も大切と思うが、ぜひ、工作も試していただきたい。