「情報処理と教育」
河原 達也(教育担当理事)
情報処理学会の教育担当は何をしているのかイメージしにくい方も多いと思います。担当理事を1年余り務めてわかったのは、初中等教育から大学のカリキュラムまで非常に幅広く、我が国における情報の教育をよくしていくという非常に息の長い活動を行っていることです。特に近年力を入れているのが、高校における教科「情報」のプレゼンスと質を上げていくための活動です。
現代社会は国際化と情報化がキーワードです。国際化に対応して実践的な英語教育の重要性が叫ばれ、小学校でも行われるようになっています。これに対して、情報化に対応する教育はどうでしょうか。高校で教科「情報」が2003年に新設されましたが、その運用実態はあまり芳しくありません。担当教員も約3割が専門の免許を持っておらず(臨時免許や免許外担任)、約5割が他教科と兼務で、「情報」だけの教員免許で採用してくれるところは少数です。
このような状況を少しでも改善すべく、教科「情報」に関するシンポジウムや大学入試模擬試験を実施してきましたが、昨年度からは教員免許更新講習を開催しています。この講習を学会が行うのはあまり例がないことです。これらの活動を支えておられる先生方は、土日返上でしかも手弁当のことが多く、頭が下がります。
先日(といっても8月末に)、本会の元会長で、中教審会長も務められた安西祐一郎先生にインタビューする機会を得ました。先生は現在、文部科学省に設置された高大接続システム改革会議の座長を務めておられますが、私たちと同じ問題意識を持っておられ、実際に次期学習指導要領で「情報科」のカリキュラムを改訂し、新たな大学入試制度でもきちんと位置付けようと取り組んでおられました。私たち情報処理学会としても、これまでの活動を継続・発展させていくことでバックアップできればと考えています。
安西先生のインタビューでもうひとつ個人的に感銘を受けたのは、新たな大学入試制度において、最先端の情報技術、特に人工知能の技術を導入できないか検討されていることでした。具体的には、記述式問題を自動採点するようなシステムです。私自身は先生と約20年ぶりにゆっくりお話しする機会でしたが、認知科学の研究者としてのスタンスを今も維持されていることに少し驚きました(インタビューの記事は来月号(Vol.57 No.3)の学会誌に掲載されます)。
「情報処理の教育」だけでなく、「情報処理を教育に導入する」ことも私たち情報処理学会員、特に大学に所属する者にとっては重要だと思います。情報学の研究は論文執筆だけでなく、情報化社会に貢献することに意味があると思いますが、大学の研究で社会に直接インパクトを与えることは非常に難しいです。しかし、教育というフィールドは大学のホームグラウンドです。
手前味噌になりますが、私どもは、本学会の研究会や大会の講演をリアルタイムで音声認識し字幕付与することで、聴覚障害者の情報保障に供したり、ニコニコ動画・情報処理学会チャンネルで配信するプロジェクトを行っています。今年度発足したアクセシビリティ研究グループ(SIG-AAC)や、音声言語情報処理研究会(SIG-SLP)で実証実験を重ねています。話者や話題にもよりますが、予稿テキストがあれば実用的なレベルに近づいており、手応えを感じつつあります。今年から障害者差別解消法が施行され、障害者に「合理的配慮」を行うことが義務づけられるようになりますので、皆様のご理解・協力を得ながら、推進していきたいと考えています。
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