2023年11月02日版:加藤 由花(論文誌担当理事)

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    「研究コミュニティが育てる論文誌

    加藤 由花(論文誌担当理事)


     長い間、会誌『情報処理』の編集に携わってきました。会誌担当理事として2013年6月から4年間、編集委員として1年間、その後現在までの6年間は副編集長を務めています。その間、学会の顔としての「会誌」の役割について、さらには学会の役割について考える機会が多くありました。これまでも何度か記事に書いてきましたが1)、2)、昨年、論文誌担当理事を拝命してからは、学会のもうひとつの顔である「論文誌」についても、学会活動という観点から、その役割を再考するようになりました。

     学会が発行する論文誌にはどのような役割があるのでしょうか?

     一般論としては、その学会が対象とする学問領域の進展をサポートする役割を担い、研究者・技術者たちが自らの研究を広く共有し、その分野の知識を深化・拡大するための道具となることでしょう。研究を深化させるためには、投稿・採録される論文のレベルを向上させることが重要ですし、研究分野を拡大するためには、投稿・採録数、さらには論文の読者を増やすことが重要です。そのため、論文誌としての価値を高め、投稿先として選んでもらうこと、その結果、価値ある論文を多く掲載することで、多くの読者に読んでもらう論文誌とすることが、論文誌担当理事のミッションの1つであることは間違いありません。本会の実情を見ると、残念ながら掲載論文数については長期低落傾向が続いています。現状、競争的資金獲得、その他においてインパクトファクター(IF)等のビブリオメトリクス指標が重要視されており(その是非について議論はありますが)、和文誌や(IFの付いていない)JIPが相対的に選ばれなくなってきていることが一因と考えられます。そのため、JIPのIF取得は長年の懸案事項になっており、継続的に検討が続けられています。こちらは長期戦略として粘り強く進めるほかありません。

     一方、私個人としては、本会の論文誌には上記のような一般論だけではない役割があるとも思っています。学会が目指すべきは「情報処理」コミュニティの価値向上です。そのために論文誌は、会員にとって「価値ある論文」を掲載します。ジャーナル執筆案内の第一文には、論文誌発行の目的は「会員の研究成果の発表およびこれに関連する討論の場を提供する」ことであり、そこに掲載される論文とは「学術、技術上の研究あるいは開発成果の記述であり、新規性、有用性などの点から、会員にとって価値あるもの」と明記されています。これは、高IF雑誌になることと相反はしませんが、独立した考え方であり、本会論文誌の方向性の1つだと思うのです。査読における「べからず集」はこの考え方を補完します。「論文の価値は最終的に社会が決めるので、学術上の議論を活性化する可能性があれば積極的に採録する」「国際会議の査読のように順位をつける(採択率何%を目指す)ためのものではない」等の記述により、本会の論文誌の役割が明確に規定されています。

     冒頭で会誌について言及しましたが、前会誌編集長、現企画担当理事の稲見昌彦氏の言葉を借りると、本会の会誌は、日本最大かつ最高の「情報系同人誌」なのです3)。学会とは、研究者・技術者の自主的な集まりで、私たち自身の運営によるコミュニティ活動にほかなりません。論文誌もこのための重要なツールです。ピア・レビューにより論文の内容を深化させ、その過程を通じて(学生等の)新規参入者の教育も含めて研究分野を拡大し盛り上げていく、このような健全な研究コミュニティの活動が、質・量ともに充実した論文誌を育てていきます(その結果がIF取得にもつながっていくはずです)。研究コミュニティが育てる論文誌を、皆さんとともに盛り上げていきたいと思っています。

    1)理事からのメッセージ(https://www.ipsj.or.jp/annai/aboutipsj/kato_yuka_2.html
    2)加藤由花:副編集長就任にあたって「新たな冒険への出発」, 情報処理, Vol.59, No.5, p.483 (2018).
    3)稲見昌彦:編集長就任にあたって「情報処理X」, 情報処理, Vol.59, No.4, pp.316-317 (2018).
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