2021年04月05日版:伊藤 智(標準化担当理事)

  • 2021年04月05日版

    「標準化担当理事を8年間務めて
    伊藤 智(標準化担当理事)

     私が標準化担当理事に就任したのは2013年6月のことであり、次の総会までで2年任期を4回務めることになります。合計で8年というとても長い期間である一方で、いよいよ終了するのだという感慨深い想いがあります。

     標準化担当理事は、下部組織である、情報規格調査会の委員長を兼ねた役職です。情報規格調査会は、ISO/IEC JTC 1(情報技術に関する国際標準化を行う団体、以下JTC 1)の国内対応をしている組織であり、その委員長は、JTC 1が開催する総会(Plenary)に日本の団長(Head of Delegation)として参加し、日本としての主張を述べる立場にあります。

     具体的な技術分野の規格開発はJTC 1の傘下にある分科委員会(SC: Subcommittee)で進められており、JTC 1総会では分科委員会からの活動報告、新しい分野の発掘と新規組織の設置、廃止や統廃合などの組織運営、規格開発に必要なルール作りなどが主な議論となります。国ごとに取り組むテーマについての考え方や、規格開発プロセスへの考え方が異なるため、意見の対立がしばしば発生します。国の主張を通すためには、他の国の賛同を得る必要があり、会議の場での駆け引きや、コーヒーブレークなどでのロビー活動が不可欠となります。そのため、この国(のHoD)はこういう考え方をするとか、こういうポイントを重視している、といった特徴を把握しておくことが交渉を有利に進めるためには必要となります。このような背景から、情報規格調査会の委員長/標準化担当理事は長期にわたって取り組むこととなっています。

     この8年間にJTC 1総会は、フランス、アラブ首長国連邦、中国、ノルウェー、ロシア連邦、スウェーデン、アメリカ、インド、さまざまな国で開催されました。JTC 1総会は参加費が取られず、ホスト国の予算で実施されますが、参加者にとって利便性の高い会場の提供や趣向を凝らしたレセプションを開催したりと、各国ともホスピタリティに溢れ、国際標準化に大変積極的であることがうかがえる対応でした。会議参加では大変なこともありますが、さまざまな国を訪問して、国それぞれの文化や習慣に触れるとともに、色々な人とのコミュニケーションを行えたことは、自分の人生にとって、とても大きな経験と思い出になりました。

     8年間の中で、一番印象深いのは昨年、2020年のことになります。新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、JTC 1の会議はすべてバーチャル会議に切り替わりました。バーチャル会議については、人によって意見が異なるかもしれません。これまで、小さいワーキンググループの会議ではバーチャル会議が認められていたものの、JTC 1総会は対面で行うもの、とバーチャル会議は肯定されずに来ました。コロナ禍による制約とは言え、バーチャル会議を実施してみると、色々なものが見えてきました。一週間の会議開催にかかる費用がおよそ数百万規模、約100名が大陸間を移動する費用が数千万円、昨年度はJTC 1総会を年2回開催予定でしたので、6〜7千万規模の費用が使われなかったことになります。それに比べるとバーチャル会議にかかる費用は非常に僅かであり、会議によって達成された成果が、対面だった場合に比べて多少減ずる部分があるとしても、費用対効果では圧倒的にバーチャル会議に分があります。

     バーチャル会議では、一日の開催を3時間に制限したことで、会議進行の効率を上げるような意識が高まったり、海外への渡航が不要になり、どこからでも参加できるようになったことから参加者が増えたり、平日でも他の業務を休まずに済んだり、さまざまなメリットがあると感じています。一方で、会議でのコーヒーブレークやレセプションが開催されないことから、ロビー活動が気軽に行えなくなってしまったという問題も感じています。

     やむを得ずに、会議前にメールでやり取りするようにしていますが、十分に意図が伝わらないもどかしさがあります。事前のメールでは、会議での議論に合わせたその場の議論もできません。会議ツールの多くはチャット機能を持っており、特定の参加者に対してチャットを送ることができますが、英語でタイプしなければならない不慣れさに、会議で討議中に他の案件に意識を向けにくいことなどもあり、あまり使えていません。次の休憩の際に個別のトークセッションを申し込むといった機能があると、コミュニケーションもできるのでは、と考えたりもします。こういったニーズは、標準化の会議だけでしょうか。

     バーチャル会議では、費用や効率などの点で優位性があると思いますが、対面会議だからこそ、コーヒーブレークやレセプションでのロビー活動が行えて、コミュニケーションが深まり、気心が知れて国間の連携が図りやすくなるというポイントは、今のバーチャル会議では得られないメリットだと思います。情報処理学会という立場からは、リアルの価値を維持しつつ、バーチャルとうまく融合できて、両者のメリットが享受できるようにITが今後発展することを期待したいと思います。

     2020年11月のJTC 1総会は、岡山で開催する計画でしたが、バーチャル開催となったため、改めて2022年11月に再度招致することにしました。私の任期中に日本でJTC 1総会を開催することができませんでしたが、後任の標準化担当理事に、JTC 1総会の日本での開催を委ねるとともに、日本というリアルな場所で会議を開催することのメリットを十二分に発現できることを期待したいと思います。

     最後に、8年間多くの方々にお世話になりましたことの、お礼を申し上げて、標準化担当理事としての最後のメッセージを閉じたいと思います。ありがとうございました。