2021年11月01日版:井上 創造(会誌/出版担当理事)

  • 2021年11月01日版

    「DX不要論

    井上 創造(会誌/出版担当理事)


     いきなりですが、この場をお借りして、学会の皆様への感謝を書かせていただきます。
     
    • 子供のころからパソコン少年でしたが、大学の学部生のときは部活にのめり込んでそんなに真面目な学生ではありませんでした。そんな中CPU設計の演習がありましたが、その演習の解説記事が学会誌に載っていて、驚くと同時にこの演習すごいんだなと思えました。ありがとうございます。
    • 卒論はグラフ理論に関するものだったのですが、先輩に徹夜で手伝ってもらって九州支部大会で発表することができました。ありがとうございます。
    • 関係データベースやオペレーティングシステムといった教科書を見ていましたが、その後学会でお会いして直に思いを聞く機会がありました。これは学会でなければお会いできなかったと思います。ありがとうございます。
    • 泊まり込みの学会に初めて参加して、発表の前夜にブツブツと発表練習をしていたら、同部屋の人たちもブツブツと発表練習を始めて、みんなで念仏を唱えているみたいになってしまいました。おかげで次の日の発表はうまくいきました。ありがとうございます。
    • 学部・修士・博士と別の指導教員で、研究室でも私のテーマは他の人とはかなり違っていて悩みが多かったのですが、学会に行ったら自分の専門に近い知り合いがたくさんできて、自分の研究のモチベーションを維持することができました。ありがとうございます。
    • オブジェクト指向がよく理解できなかったのですが、学会に行くとプログラミングからソフトウェア工学モデリングまで多様な話が聞けて理解が深まりました。ありがとうございます。
    • 学会で恐る恐る発表したら、周りから怖いと恐れられている先生から、これは面白い!と言っていただいて、それまでの悩みがすべて晴れたような気がしました。ありがとうございます。
    • 論文誌に初めて投稿した際、今思えばかなりボロボロの内容だったのですが、メタ査読の方に、条件付き採録から採録に至るまで、かなり丁寧に査読コメントでご指導いただきました。なんとかコメントに答えようともがいた経験が、今にも活きていますし、今の学生にも伝えています。ありがとうございます。
    • 学会のセミナで、トップ国際会議や米国企業の最新動向を先端の研究者や技術者から生の声で知ることができました。ありがとうございます。
    • 国内の学会に参加して、飛び込み力を磨くことができました。博士を取得後、トップ国際会議にワークショップ参加でむりやり参加し、そこで知り合った方にむりやりお願いしてMITのAUTO IDラボに滞在させていただきました(このときにお隣のハーバードの女子学生の部屋にエアベッドで泊まらせてもらったのも、飛び込み力かもしれません)。ありがとうございます。
    • プロジェクトで企業どうしが仲違いして実験が破綻しそうになっても、自分が全部肩代わりして事なきを得ました。それくらいの知識と技術力を学会のおかげで得ていることに気づきました。ありがとうございます。
    • この飛び込み力は、バングラデシュで遠隔医療プロジェクトをするという、学会のリーダの先生に声かけいただいた大きなプロジェクトでも役立ちました。ありがとうございます。
    • 図書館の研究開発室という少し離れたポジションに就いたときに、上記活動のおかげで、情報分野の館長の先生に「東京でも活躍している先生」とご紹介いただきました。ありがとうございます。
    • 私の研究費の応募に、多分学会のどなたかが審査をしていただいています。ありがとうございます。
    • たくさんの論文を査読することで、自分自身も、採択されるポイントや論文の書き方を学ぶことができました。ありがとうございます。
    • 学生を指導するようになってからは、研究室運営の悩みを同世代の先生方と学会で分かち合えました。ありがとうございます。
    • 学会で知り合った企業の方と、共同研究に発展しました。それを通じて、情報分野に限らず、学会に入っていなければ出会わなかったであろういろんな業界のことを知ることができました。ありがとうございます。
    • 学会や会議できついことを言われても、すべてを受け流すメンタルを身につけることができました。ありがとうございます。
    • いろんな場所に旅ができました。人脈ができました。ありがとうございます。
    • 旅先でおいしいものを食べることができました。ありがとうございます。
    • 研究会の主査の先生のお誘いで国際交流事業に参加し、それがきっかけでドイツに1年間在外研究を行うことができました。ありがとうございます。
    • 学会の同分野の研究者と行動認識チャレンジを始めることができ、それが今はHASCA国際ワークショップ→ABC(Activity and Behavior Computing)国際会議の実行委員長へと発展しました。ありがとうございます。
    • そのような活動のおかげで研究室に多くの優秀な留学生が来るようになりました。ありがとうございます。
    • 研究室を出た留学生の出身国コロンビアに招待され、サマースクールを開催できました。ありがとうございます。
    • このような研究活動が大学でも認知され、5年間で7億円の文科省プログラムに主な研究者としてかかわることができました。ありがとうございます。
    • このプログラムの成果として、介護AIの大学発ベンチャーAUTOCAREを創業することができました。複数の大学病院や介護施設で使ってもらうことができました。ありがとうございます。
    • 学生時代には違う研究をしていた同期も、学会で出会って私の研究に興味を持ってくれる人もいて、共同研究につながることもあります。ありがとうございます。
    • 研究会に継続的に出ていたら、幹事→主査となり、インタラクションシンポジウムのプログラム委員長や論文誌ゲストエディタ、学会の会誌担当理事を経験させていただくことができました。ありがとうございます。
    • ABC国際会議とインタラクションシンポジウムでは、大学発ベンチャーAUTOCAREがスポンサーをさせていただくことができました。ありがとうございます。
    • 会社経営をする中でマーケティングに興味を持ったのですが、その興味を活かして学会でも広聴マーケティング小委員会の委員長をさせていただけました。会員の皆様にアンケートをとったところ短期間に2,513件の回答をいただきまして、それを活かすべく鋭意分析しているところです。ありがとうございます。

     学会にもDXが叫ばれていますが、学会からこれだけ貴重な機会や体験を授かっているのです。何を変革するというのでしょうか?
     DXが必要だ、と言っている人は、逆に、学会の価値を分かっていないのではないのか? 学会を活用していないだけではないのか?

     ……実を言いますと、このような気持ちで理事を引き受けました。

     しかし、最後に書きましたアンケートを分析してみると、どうやら40代以上の大学教員や企業研究者はこのような機会や体験を学会から得ているのですが、それ以外の、若手の方や企業技術者、学生・ジュニア会員、中学高校の教師の方々は、まだそこまでの体験や体験を得るには至っていないようなのです。前者にはポジティブな回答に「参加」「人脈」「運営」というキーワードが多かったのですが、後者には「最新の情報」「信頼できる情報」というキーワードが多かったようです。まだまだ、後者の方に本当の学会の価値を体験してもらうことができるのではないか、と思うのです。

     理事就任時に、私は、学会の価値は知識だけでなく、知を媒介とした人と人のつながりだと書きました。この本当の価値をすべての会員に体験してもらうことが、本当の意味での学会のDXではないかと志しているところです。