鶴保 征城

会長挨拶

IT社会を牽引する情報処理学会に向けてー 会長就任にあたって ー

鶴保征城

鶴保征城 NTTソフトウェア(株)/情報処理学会会長

(「情報処理」Vol.42, No.6, pp.539-540(2001)より)

IT革命と情報処理学会の役割  

 21世紀を迎えて、米国に端を発したビジネスイノベーションは世界的に広がり、大きな変革の時を迎えようとしている。もちろん、その中核にあるのはIT技術である。 2000年末の日本国内のインターネットユーザは4,700万人を超え、全人口に占めるその割合は37.1%となっている。このインターネットユーザの急激な増加によって新たなビジネスモデルが生まれたり、あるいは新たなサービスが実現されたりするなど、ビジネスに多大な影響を及ぼしている。たとえば、証券取引は早晩、すべてネット取引に置き換わる勢いであるし、インターネットバンキングやチケットのネット予約なども急速に普及しつつある。

 一方、日本政府は、2001年1月にe-japan戦略を決定して5年以内に世界最先端のIT国家を目指す方針を明らかにするとともに、3月にはこれを具体化するためのe-japan重点計画を発表した。図-1に示すように、e-japan戦略では高度通信ネットワークの整備等とともに、IT技術を活用した新しい経済社会の実現と豊かな国民生活の実現、およびそれらを支えるIT技術の研究開発の推進や、高度IT技術者および研究者の育成が最重要課題として取り上げられている。これらの課題の解決において、我々情報処理に携わっている研究者、技術者に期待されるものはきわめて大きいことは言うまでもない。情報処理学会の会員はその先頭に立って、IT社会の実現に向け進んでいく必要がある。

IT化時代の情報処理学会の姿

  インターネットとIT技術によって世の中は大きく変革しようとしている。ドッグイヤーという言葉に象徴されるそのスピードに負けないように、学会もこれに対応してダイナミックに変革していく必要がある。たとえば、情報処理の基本となるソフトウ ェアの開発手法は、ここ2~3年で大きく変わろうとしている。1970年代の大型汎用機を対象としたウォーターフォール型の大規模開発から、1980年代のクライアント・サーバシステムのプロトタイピング手法によるスパイラル開発を経て、近年ではWebシステムを対象としたインクリメンタル&イテラティブな開発へと変貌しつつある。その特徴としては、(1)3カ月程度の短期開発、(2)ビジネス要件定義から試験までのサイクルを繰り返す、(3)パッケージやソフト部品の活用、などがあげられよう。そのために、UMLやXP(eXtreme Programming)などの新しい開発手法が生まれ、 EJB(Enterprise Java Beans)のコンポーネント流通が現実のものとなろうとしている。IT技術の変革に対応して、学会の研究技術分野もダイナミックに見直していかなければならない。

 学会の基盤となる教育・研究機関と企業との関係にも変革の波は押し寄せている。 米国のIT革命の主役は従来型の大企業ではなく、シリコンバレーのベンチャーであった。彼らは大学と密接に連携し、新しい技術を基とした新しいビジネスモデルによっ て、新しいマーケットと雇用とを創出してきた。最近のネットバブルの崩壊によってかげりが見られるとはいっても、依然として世界の経済の活性化に大きな役割を果たしていることは間違いがない。これまでの共同研究や技術移転の推進といった産学協力の形とは異なった、新しいスタイルの大学・研究機関と企業との関係が求められるものと思われる。

 ビジネス面でIT革命が企業に及ぼす影響として最も重要なことは、それが情報通信業や製造業などの情報産業だけではなく、あらゆる業界にIT技術が適用されるということである。たとえば、衣料、物流、食品、建設など、直接ITとは関係のない業界であっても、インターネットやWebを活用することによって、ビジネスモデルが大きく変わろうとしている。日本では技術系の業界にIT技術者が偏っていることから、米国 にも負けない技術が開発されている分野も少なくないが、世の中全体へのインパクト という観点では限界がある。一方、米国ではIT技術者が幅広い業界に進出していることから、IT革命がきわめてスムーズに進行している。情報処理学会においても、IT技術者の裾野を広げ、社会全のIT化を推進するための努力が必要であろう。

学会の課題

 情報処理学会は昨年創立40周年を迎え、約27,000人の会員によって活発に活動が続けられている。しかし、今後21世紀のIT社会のリーダシップをとっていくためには多 くの課題を解決していく必要がある。

 第1は学会の活性化である。一時は32,000人程度まで増加した会員数はその後減少 の一途をたどっている。戸田元会長、長尾前会長のもとでさまざまな活性化策が検討 ・実施され、減少傾向にはある程度歯止めがかかりつつあるが、再び騰勢に転じるためにはより一層の努力が必要である。IT社会の進展につれて、さまざまな学会がIT技術をその主要課題として取り組みつつある。そのような状況の中で本家本元たるべき情報処理学会がその存在意義を明確にし、会員にとってメリットのある学会を実現していかなければならない。また、一方では会員側から見た場合、類似の活動を行って いる学会の増加が会費の負担増を招いていることも否定できない。他の学会との研究会や国際会議などの共同開催等、連携方法の工夫や、場合によっては他学会との統合も視野に入れた検討が必要であろう。

 第2は財政改革である。景気の低迷や会員減に伴う収入の減少と、支出の硬直化で学会の財政状況は非常に厳しい状況にある。これまでにもさまざまな努力がなされているが、今後、学会業務の電子化や論文誌のWeb化など、学会自身のIT革命によって抜本的な改革を検討すべき時期に来ているものと思われる。

 第3はグローバル化である。IT社会の到来によって、企業活動に国境がなくなったのと同様に、学問の世界にもグローバル化の波が押し寄せている。日本国内の情報共有の場としての学会活動にはそれなりの意義もあるが、今後の国際競争社会において生き残っていくためには、国際的な研究交流の拡大が必須である。英文論文誌の強化、英文Webサイトによる情報発信、海外の学会との交流の強化など、さまざまな対応策を検討していかねばならない。

 ほかにも解決すべき課題は多々あろうかと思われるが、21世紀のIT社会をリードする情報処理学会となるために、世の中に負けないスピーディでダイナミックな情報処理学会の実現に向けて努力していきたい。会員の皆さまの絶大なるご協力をお願いしたい。

(平成13年5月9日受付)