2016年09月05日版

「鉄道の情報屋として思うこと

深澤 紀子(企画担当理事)

 本稿を書いている今、窓の外は台風による強風で木々が激しく揺れている。Web検索すれば、渦巻状の雨雲が今現在どこに激しい雨を降らせていて、さらには数時間後の降雨量も知ることができる。廊下から「列車が脱線……」という話し声が聞こえてきた。SNSには崩れた土砂と傾いた列車の画像が掲載され、現場に行かなくても大まかな状況を把握することができる。

 鉄道の研究所に入社して早四半世紀、世の中は様変わりした。情報技術は鉄道においても、ありとあらゆる分野の基盤技術として活用され、鉄道業界全体の変革を推し進めている。車両や保安装置の制御はいうまでもなく、センサネットワークを用いて橋やトンネルなど土木構造物のモニタリングをし、沿線の気象データを収集してリアルタイムでハザードマップを自動作成し、電力設備や路線設備に関するデータや車両性能データを用いて運転電力のシミュレーションを行い、膨大な列車の運行記録データの解析に人工知能技術を応用する。しかし、これらを担当している専門家たちは、自分たちを車両屋、土木屋、電力屋、あるいは気象屋だと思っていて、誰一人として自分を情報技術の専門家だとは考えていない。情報技術は一部の専門家が議論する特別なものではなくなった。

 では、情報屋の仕事がなくなったのか。決してそのようなことはなく、むしろ大いに増加していて、中間管理職としては業務量の調整に頭が痛いほどである。さらに所内の研究パートナーも変化した。以前はヒューマンインタフェースについて人間工学屋と連携する程度だったが、現在は土木屋、建築屋をはじめ、気象屋、電力屋などなど、さまざまな分野のパートナーと一緒に研究開発業務を進めている。

 入社して最初に配属された研究室は「情報システム」研究室だったが、そういった名称の研究室は今はすでになく、「情報」と名のつく研究室もまた一つもない。「情報」は名残惜しそうに、研究部名称の一部に控えめに記されているのみである。当時のメンバは複数の部署に散らばり、さまざまな分野に成果を活用させるべく研究開発を進めている。「情報システム」研究室が廃止された十数年も前に、情報屋は仲間内で集まっているのではなくもっと大きな世界に広がっていきなさい、いろいろな人と交流してきなさい、すでにそう示唆されていたのかもしれない。

 鉄道はさまざまな技術分野の集合体であり、社会全体の縮図のような側面を垣間見せる。情報基盤が浸透し新たな段階に進んだ社会では、狭い世界の小さな研究所に覆輪掛けて、情報技術の専門家の仕事はますます広範囲に拡散していき、ありとあらゆる分野の研究者やエンジニアとの繋がりを構築していくことが求められるのであろう。このような構造変化に伴い、情報処理学会が社会の中で果たす役割、すなわち学会と社会との関係が変化することは必至であり、その変化の中に情報処理学会の新たな価値を見い出すヒントが隠されているようにも思う。

 鉄道という小さい世界から思うことを書いているうちに、いつの間にか風雨は止み蝉の鳴き声が聞こえてきた。小さい世界の中ではあるけれど、いろいろな分野のメンバが集まる打合せに出かけることとしよう。

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