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最終更新日:2006年11月15日

高校教科「情報」未履修問題とわが国の将来に対する影響および対策

 

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【概要】

高校教科「情報」未履修問題とわが国の将来に対する影響および対策

2006.11.15  情報処理学会長  安西  祐一郎

2006年10月に多数の高校において発覚した「未履修問題」は,教科「情報」の学習にも重大な影響を与えている。情報処理学会は,まず,つぎのことを要請する。

◎ すべての普通科高校で指導要領に従った教科「情報」の履修を可能とすること

今年度以降,各大学は高等学校での「情報」の必履修を前提として情報教育の内容を変更したが,「情報」未履修の学生が多数存在する大学では授業が成立しなくなりつつある。この問題は,

  • (1) 「情報」の重要性が生徒や他教科教員に認識されにくい状態にある
  • (2) 「情報」の教員へのサポートが少ない
  • (3) 「情報」の教員に他教科の兼任を要請されている例が多い
  • (4) 「情報」を入試に出題する大学が少数しかない

という4点に根ざしている。情報処理学会は,すべての関係者がこれらの状況の解消を目指してそれぞれで可能な行動をとっていくことを呼びかけ,その望まれる具体策を提言する。

  • 「情報」の最初の必履修科目を1年次に置き,受験勉強とは無関係に学習を進められるように配慮する。
  • 情報科教員への他教科兼務をなるべく避ける。
  • 異なる学校同士で情報科教員の交流を活発にする。
  • 情報科教員に対する研修を充実させる。
  • 情報科教員の採用時に他教科の免許保持を条件としない。
  • 教育委員会では「情報」指導主事が他教科兼務を行わない。
  • 情報専門学科とそれに準ずる学科の大学入試で「情報」を選択可能とする。
  • 「情報」教員養成課程において十分な「情報」教育能力を育成する。

 

高校教科「情報」未履修問題とわが国の将来に対する影響および対策

2006.11.15  情報処理学会長  安西  祐一郎

1. はじめに

 2006年10月に,多数の高校が必履修科目を履修させていない「未履修問題」が明らかになった。この問題の根幹には,一般企業社会に浸透してきた法令遵守の考え方が学校教育の場には,まだ浸透していない現実がある。

 試験の成績を上げるために教える,試験が無いから教えなくてもよい,という理屈で科目そのものの履修を省いていいはずはないし,履修したことにしてその実を省いていいはずもない。しかし,ここ数年の学校現場,特に教員の活動は,児童・生徒らへの教育活動のみならず,新学習指導要領実施にともなう「ゆとり教育」の推進とその転換,週休五日制への移行による授業時間の減少,学校評価,教員評価などの活発化,いじめ問題など多くの問題がほぼ同時に降りかかってきている。未履修問題は,それらに追われてるうちに法令遵守の精神が疎かになってしまった末の事故であると言ってもよい。

 だが,本提言の後半で明らかにするように,未履修問題を放置することは,高等学校・ 大学の双方に大きな負担増加と相互不信頼をもたらす不幸な結末をもたらす。

 我々情報処理学会は,2003年度からすべての普通高校において必履修となった教科「情報」が履修されないままとなることはわが国の将来の発展に重大な障害となり得るものと懸念している。

 本文書は上記の認識に基づき,「情報」の適正な履修の重要さと,未履修となった場合の日本社会に与える悪影響を強く訴えるとともに,この問題を打開するべく,すべての関係者がそれぞれに可能な行動をともにとっていくことを呼びかけるものである。

2. 普通教科「情報」の構成と内容

 2003年に高等学校に新設された普通教科「情報」(「情報A」「情報B」「情報C」の3科目(各2単位)から1科目以上必履修) は, 「情報活用能力」(現代の情報社会を生きる力)を目標として設置されている。教科「情報」では,最低限学ぶべき以下の内容が含まれている。

  • コンピュータの基本的な構造と動作原理
  • さまざまな情報の表現
  • 情報と問題解決の関わり
  • 情報の収集や発信における各種の問題
  • 知的財産権など情報社会で守るべき約束ごと
  • 情報社会における多様な変化や光と影
  • さまざまな情報システムの形態やその役割
  • 授業時間に対する一定以上の実習による理解

3. 大学における情報教育の進展

 わが国の各大学では,従前とは大幅に異なる新指導要領で学習した学生を2006年4月から受け入れることを「2006年問題」と呼び,早い大学で2003年頃から,一般教養科目カリキュラムの準備などを行なってきた。

 早稲田大学では,以前から附属高校出身者への授業を中心に検討を重ね,2005年秋に「アカデミックリテラシー」という概念[文献1]を創出し,コンピュータやインターネットを活用した大学における学術活動のためのリテラシーを授業の中心として位置付けることを期待した。

 東京大学では,教養学部(駒場)1年生夏学期開講の必修科目「情報処理」の名称を2006年4月に「情報」と改めると共に,授業内容を変更した。また,新しく標準教科書[文献2]を作成した。この教科書は,高等学校の普通教科「情報」の共通部分履修を前提とした内容となっている。

 京都大学では,高等学校における教科「情報」の必履修化を受けて,全学共通情報教育の内容の高度化の検討,および,「情報フルーエンシー」という観点からの全学共通情報教育科目の類別化などを行っている[文献3]。

 また,情報処理学会の一般情報処理教育委員会が2003年から検討/作成を開始した「2006年以降の情報リテラシーに関する教科書」 [文献4][文献5]も2004年秋には出版されて,多くの大学で利用され始めている。

 我々は「提言2005」[文献6]などで「高等教育に進むすべての学生の情報技術水準を向上させることが,わが国の将来にわたる継続的な発展のためにぜひとも必要である」と主張してきた。これらの大学における情報教育の改革は,普通教科「情報」新設に代表される初等中等教育段階での情報教育の充実を受けて行なわれているが,我々の提言にも合致する動きである。今後一層の強化が行われていくことを期待する。

4. 未履修問題の大学における情報教育への影響

 2006年10月に,多数の高校が必履修科目を履修させていない「未履修問題」が明らかになった。「未履修問題」の対象科目の中には,教科「情報」の科目も含まれている。さらに,教科「情報」の時間の一部ないし大部分を他教科の授業に振り替えていた例も発覚した。朝日新聞Web版2006年10月30日では,時間割上「情報」と表記されている時間に数学の授業を行ない,通知表の情報の欄に数学の成績を記入していた例が報道された。その県の教育委員会は「他教科の内容を発展的に採り入れ,他教科との連携を大幅に採り入れた」と説明し,現状を「適正である」と主張した。したがって,今後とも現状が是正されず継続していく可能性が高い。

 2006年4月入学者のうち,実際にどれくらいの「情報」未履修が存在するかについては,コンピュータ利用教育協議会(CIEC)のアンケート中間報告[文献7] にその動向を見て取ることができる。2006年度大学入学生で「情報」をまったく履修していない者が4分の1程度おり,また履修した者でも(2単位 70時間の科目であるにも関わらず)「一時期のみ」「1単位分」の履修が多く見られる。また,未履修は国立大学や難関私立大学などをめざす進学校に多く存在した。

 2006年度は,多くの大学が浪人生に配慮を行ったが,にもかかわらず東京大学を含む複数の大学で「情報」の授業について来られない1年生が多数発生したというのが我々の現時点での共通認識である。 (「情報」以外の教科に関しては,立花隆氏の指摘[文献8]がある。) そして,未履修問題が解決しない限り,来年度以降も同じ状況が継続する。

 ここで我々が特に懸念するのは,この状況が継続していくと,各大学が「中学でも高校でも大学でも同じことを教えている」と揶揄されてきた旧来の内容に初年度情報教育を退行させることである。その結果,ソフトウェア開発に代表される情報技術面で今日でも欧米のみならず中国・韓国・インドなどにも遅れを取りつつあるわが国が「情報後進国」に転落してしまいかねないことをおそれる。

5. 大学入試とその前提

 大学入試では,多くの大学で主要教科のみの出題を行なっている。これは,入試のために利用できる時間が少ないことなどによるもので,「主要教科以外の能力は不要である」ことを意味しているわけではない。大学は,高等学校の卒業証書を「主要教科目以外についても十分な教育を受けた能力をつけている証明」とみなしている。この信頼関係があって初めて,主要教科以外の試験を行なわないことが合理的に説明される。

 しかし,未履修問題やその他の要因(授業時間数や教科内容の削減など)により,高校における学習が上記の前提を満たさなくなったとすれば,大学はこれまでの方針を取ることが困難となる。そうなると,大学がすべての教科で入試を行なうか,またはフランスのバカロレアなどに代表される独立した他機関による高校卒業資格試験を導入するなどの対応をとらざるを得なくなる。そうなると,高等学校に進学する利点が失われると共に,大学教員も入試業務が増大することになる。

これは高等学校にも,大学にも不幸な状況である。そのような事態を避けるべきであろう。

なお,特定教科について入学生に高校卒業の一般的水準を超えた前提を置く必要がある大学・学科の場合は,それを入試よって検証する。 情報,情報教育,情報活用の専門家を育成する各大学・学科では,「情報」入試を行うところが今後とも着実に増加していくものと考える。

6. 「情報」未履修問題の要因

 教科「情報」の未履修問題には,他教科とは異る次の要因があると考える。

  • (1) 「情報」の基盤的教科としての存在意義が生徒や他教科の教員に認識されておらず,単に「コンピュータを使えるようになるための時間」のように考えられているため,他の教科に比べて著しく軽視されがちであること。
  • (2) 「情報」の教員自身が,教科の内容や教授方法に確信を持つに至っていないことが多く,また「1校1人」など,少人数であることが多いこともあって,学校活動の中で他教科に伍していける状況に達していないこと。
  • (3) 「情報」の教員を,他教科の教員が兼務していることが多いこともあって,その他教科(大学受験科目であることが多い) 側の都合を優先してしまいがちな状況があること。
  • (4) 「情報」を入試に出題する大学が極く少数しかないことから,進学校での授業実施には積極的な理由が見出せないこと。

 現に「情報」を担当している教員は,15日間の認定講習によって「情報」免許を得た人が大多数である。元々は数学・理科・家庭・商業などの他教科の担当をしてきた教員であり,「情報」の経験がまだ十分でないことから,(2)〜(3), ひいては (1)の状況を作り出しやすい。 (3)については,多くの教育委員会が, 新規採用に当たって情報免許取得者について「他教科の免許も取得していること」という条件を課していることも,要因の一つとなっている。

 そうした中にあって,熱心な教育・研究活動を継続している「情報」の教員がいる高校や,教員研修組織が熱心に「情報」の研修を行なっている神奈川県のような自治体では (1)〜(3)の問題が起きにくいことが,我々の調査でわかっている。

 (4)については,とくに,情報専門学科が「情報」入試を導入しようとしても,大学によっては学部単位や類別の入試を行うため,「情報」という新しい教科を入試に導入することに他学科が反対する状況が多く見られる。 しかし,情報専門学科が「情報」 に関して一定水準以上の入学生を確保し教育することは当然であり,これは万難を排して実現されなければならない。そのための方策として,8大学WG提言[文献9] にある, 入試科目に「数学・情報」「物理・情報」など,一定量の「情報」に関する出題を含んだ複合科目を選択可能とする方法が考えられる。

7. 教科「情報」の状況改善のための提言

 前節までで,教科「情報」がわが国の将来に対してもつ重要性について述べ,また大学がその方向でのカリキュラム改革を進めているが,それが高校の現状と合わず,未履修問題などもあって危機に瀕していることを述べた。情報処理学会は,まず,つぎのことを要請する。

◎ すべての普通科高校で指導要領に従った教科「情報」の履修を可能とすること。すなわち,「情報A」では1/2以上, 「情報B」・「情報C」では1/3以上の実習を含めた,2単位以上の「情報」授業を実施すること。

 情報処理学会は,すべての関係者がこの授業実施の安定継続・ 改善ができることを目指してそれぞれで可能な行動をとっていくように呼びかけるものである。 以下に,その望まれる具体策を提言する。

◆高等学校において

  • 「情報」が多くの教科学習の基盤となることを認識し,現在2・3年次ではじめて履修させている高校にあっては,最初の 必履修科目を1年次に置き,受験勉強とは独立して学習が進められるように配慮する。
  • 「情報」教員の他教科兼務をなるべく避ける。それによる教員の余裕は,情報の選択科目を設置することや,十分な教材研究のための時間などに充てる。

◆教育委員会,学校経営組織において

  • 異なる学校同士での情報科教員の交流を促進する。また,可能なら小規模校であっても,「情報」教員が2名以上在籍するようにし,実習を伴う授業においてはできるだけティームティーチングを採用する。また,それに必要な予算を措置する。
  • 「情報」教員への研修計画を充実させる。そのために必要であれば,人員増についても措置する。実施に当たっては高大連携の活用なども考えられる。
  • 「情報」教員の採用に当たっては,他教科の免許保持を条件とせず,純粋に「情報」の教育能力に基づいて採用試験を行う。
  • 教育委員会においても,「情報」の指導主事が他教科の指導主事を兼務することは避ける。

◆大学において

  • 「情報」を扱う情報科学,情報工学,情報教育,コミュニケーション,コンピュータグラフィックス,メディア,およびこれに準ずる全学科の入試において,「情報」を選択可能とする。その手段としては「数学・情報」「物理・情報」など複合的な(一定部分を「情報」の内容で回答できる)入試科目の設置も考えられる。
  • 大学の「情報」教員養成課程において,十分な「情報」の教育能力を育成する。その手段としては高大連携の活用などが考えられる。

8. 参考文献

  • [文献1] 筧 捷彦, 早稲田大学 情報基礎演習とその展開, 新しい情報教育 --その理念と実践--, 東京大学教養学部公開シンポジウム, 2006.1.14
  • [文献2] 川合 慧 編, 東京大学教養学部テキスト「情報」, 東京大学出版会, 2006.
  • [文献3] 田中 克己, 情報フルーエンシー:大学のこれからの「情報教育」, 京都大学学内誌「共通教育通信」, p.3, vol.5 2005 Autumn. http://www.z.k.kyoto-u.ac.jp/pdf/link/link0233.pdf
  • [文献4] 川合 慧 監修, 河村一樹 編著, IT Text 一般教育シリーズ,「情報とコンピューティング」, オーム社, 2004.
  • [文献5] 川合 慧 監修, 駒谷昇一 編著, IT Text 一般教育シリーズ,「情報と社会」, オーム社, 2004.
  • [文献6] 情報処理学会情報処理教育委員会, 日本の情報教育・情報処理教育に関する提言2005, http://www.ipsj.or.jp/12kyoiku/index.html
  • [文献7] CIEC小中高部会, 「検証,教科「情報」−高等学校教科「情報」の履修状況調査の集計結果と分析−」, コンピュータ&エデュケーション,Vol.21, pp.10-17, 2006, CIEC.
  • [文献8] 立花 隆 立花隆の「メディア ソシオ-ポリティクス」第89回, 東大生にも蔓延! 履修漏れ問題「ゆとり教育」が国を滅ぼす, nikkei BP net,
  • [文献9] 雨宮 真人 教科「情報」と八大学情報科目入試検討WG, 高校教科「情報」シンポジウム2006資料集, 情報処理学会 情報処理教育委員会, 2006.